第四幕、御三家の幕引
 呆然としているうちに、明貴人はベランダに出て行った。ベランダから「で、なんで俺に電話なんだ」「……へえ」「じゃあ今更何を喚くんだ」と相槌を打つ声が聞こえてくる。


 『桜坂亜季』という名前は、知っている。明貴人のスマホに、たまにLIMEが来るのを見たことがある。ポップアップで表示されるトーク内容は「今度東京行くよー」とか「この間のお土産おいしかった」と、定期的に会っていることをうかがわせる内容から「最近遼くんと連絡してない」と他の彼氏がいることをにおわせる内容まで、様々だった。


 そういう連絡が来たとき、明貴人は視線だけ向けて無視することもあれば、すぐに返事をすることもある。明貴人が連絡を取りたがっているわけではないとしても、仲が良い女なのは、間違いない。


 本当は誰か聞きたかったけれど、もともと私が好きで付き合ったから、それを聞くと「面倒」とフラれるんじゃないかと思って聞けなかった。


 明貴人は、こちらに背を向けていた。ベランダの手すりに凭れて、スマホ片手に延々に相槌を打っている。


 数十分経った頃、明貴人はこちらを向いた。ベランダの扉を開けて入ってきたかと思うと「別に、桐椰はそんなこと気にしないだろ」とやっぱり相槌を打ちながら、机の上のペットボトルと煙草を掴む。


 そして、私に「まだいたのか」なんて目だけを向けた。


「散々君らを見てきた身から言わせてもらえば、そんなのは気に病むことじゃなかったと思うけどな。松隆達には言ったのか? ……言えばよかったんだ。月影でもよかっただろうけど」


 長話を予定するように、明貴人はベランダの手すりにミネラルウォーターを置き、その横に凭れ掛かりながら、煙草を咥《くわ》えた。


 掃きだし窓を介して見ていた明貴人の表情には、「面倒」「鬱陶しい」「なんで俺が」「喚くなうるさい」と書いてあるように見えた。それなのに、どうしようもなく「仕方がない」のだとも、書いてあった。


「そんなことで妙な(きずな)を感じられてもって感じだよ」


 そう言いながら、明貴人が頬の傷をなぞったのを見て、私は明貴人の部屋を出て行った。
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