第四幕、御三家の幕引

 午後、明貴人の部屋にある荷物を取りに行くと連絡すれば「よければ段ボールにまとめて送るけど」と返事が来た。正直、あの部屋の最後の記憶が“あれ”というのはあまりにお粗末なので、取りに行くことを申し出た。


 部屋に行っても、明貴人の態度は何も変わらず「悪いな」とだけ口にした。しかも、それは、わざわざ荷物を取りに来る手間をかけさせたことに対する謝罪でしかなかった。私の料理に「ありがとう」と言うときと、全く同じ温度だった。


 私が黙々と荷物をスーツケースに入れるのを、明貴人は適当に手伝ってくれた。


 明貴人がトイレに立った隙に、明貴人のスマホがブーッと鳴った。電話ではない。短い通知音だ。


 私は、「表示」というボタンを押して、そのパンドラの箱を開ける。


 『通話時間 4:23』という吹き出しの下には『昨日は遅くまでありがとう。今度会うときにお詫びを持っていきます』と表示されていた。更にポンッと『どーせ鹿島くんはお詫びの気持ちが足りないとか文句を言うのでリクエストを聞いてあげましょう』と出てくる。


 『通話時間 4:23』の上の吹き出しは『はいはいすいません、おやすみ』となっているからきっと数日前のもの。更にその上は『なんか今日忙しそうだったね』『別に忙しくはないけど、なんで彼氏でもないのに君の相手をしないといけないんだ』と遠慮のない遣り取りがされている。ゆっくりと、そのトーク画面をスクロールして、昨日の直前のやりとりが、私と明貴人がデートをしていた日だと気づいたとき──。


「……別れた彼氏のスマホを見るのは、趣味が悪いんじゃないか」


 背後から、心底呆れた声をかけられて、慌てて指を離した。


 私が振り返るのとすれ違うように、明貴人はスマホを拾い上げる。「桜坂のことだとは思ったけどな」と呟きながら「既読をつけると返事をしないといけないのが面倒くさいのに」と文句を言い。


 「……堂島ロールでも頼むか」と、目の前の私に興味を示すことはなく、『桜坂』さんへの返事を声に出した。


「……今でも、その元カノのこと好きなの」


 付き合っていたときは、絶対に口に出してはいけないと思っていたことを口にして。


「さあ」


 肯定も否定もしないのが答えだと知って。


 私は、残りの荷物を──服がしわくちゃになるのにも構わず──手早くスーツケースに詰めて、さよならも言わずに玄関を出た。


 私は明貴人を振り返ったけど、私が最後に見た明貴人は、スマホ片手の後ろ姿だった。

< 449 / 463 >

この作品をシェア

pagetop