第四幕、御三家の幕引
「あそこで、写真を撮ってほしいの」

「あそこで? いいけど」


 車椅子をとめて「どんな風に撮ってほしい?」と尋ねれば、彼女は日傘を取り出した。次いで、少し先を──秋桜の畑の中心部を指さす。

「あそこに、椅子を置いて」

「あそこに?」


 椅子を持ってきてほしい。背もたれがなくて、腰掛けるだけのような……できるだけ高い椅子がいい。でも、秋桜が隠してくれるくらいの高さがいいな。──そう言われたから、言われたとおりのものを持ってきた。なぜそんなものが必要なのか分からないまま、言われたとおりのものを。

「どこらへんがいい?」

「そうね……持って行ってみて、くれない? ここから、いい場所を見るから」


 言われたとおりに、秋桜畑の中へと進む。背後へ「まだ先?」と呼びかけ「まだ先」と帰って来るのを聞き、「もう少し、右」「ちょっと戻って」「やっぱりもう少し右」「……半歩左」と指示されるがままに動いて、椅子を置いた。振り返ると、彼女は、うん、うん、と嬉しそうに頷いた。

「ねぇ、明貴人くん」


 彼女はいつも、改まったように僕を呼ぶ。

「あの椅子に、座らせてくれない?」

「……いいよ。でも、車椅子のままだと、秋桜が潰れてしまうから。僕の背中に乗れる?」

「えぇ。明貴人くんがわたしを? おんぶできるの?」

「……さぁ、やってみないと」


 揶揄うように笑った彼女に詰まってしまった自分を叱った。まだ中学生は──特に彼女より一層幼い男子である自分は──女子より少し体が小さいか、せいぜい同じくらいかであるはずなのに、なぜ、彼女を背負って歩くことができないかもしれない可能性を、無意識に捨てていたのだろう。中学生の自分が、年上の彼女を背負って歩くことができると、なぜ、見栄も虚栄もないのに、確信してしまったのだろう。

 彼女の前で屈みこんで、彼女の腕をとって、肩に乗せた。ゆっくりと、彼女が体重を預けようとする気配はする。しかし、彼女が背中に乗る気配はない。暫く待った後、後ろ手に抱き上げるようにして、無理矢理彼女を背負った。彼女が、柄にもなく「わっ」と驚いた声を上げる。

< 451 / 463 >

この作品をシェア

pagetop