第四幕、御三家の幕引
 彼女を背負うことは、簡単ではなかった。でも、簡単だった。

 一歩、二歩と、彼女を背負ったまま、秋桜畑に入った。

 三歩目を踏み出そうとして、思わず、泣き出してしまいそうになる。「たはむれに、母を背負いひて、そのあまり軽きに泣きて、三歩あゆまず」なんて、石川啄木を思い出してしまった。

 もちろん、彼女は、母ではない。きっと、自分が、彼女に苦労をかけたわけではない。ただ、彼女から与えられたものは──……。

「明貴人くん、いつの間にか、男の子ね」


 黙々と目的地へ歩く自分を、彼女は年下扱いした。

「わたしをおんぶできるようになるなんて。重たくないの?」


 軽かったけれど、軽いなんて、言えなかった。

「……それなりに、重たいよ」

「……レディに失礼なんだから」


 その台詞とは裏腹に、彼女の泣き出しそうな声に、喉が締め付けられた。

 そんなことに気付かないふりをして、椅子の前にやってきて「おろしていい?」「うん、でも、車椅子に背を向けておろして」と再び指示を受けて、彼女をゆっくりと椅子におろした。椅子に座った彼女は「ごめんね、明貴人くん、日傘をとってきてもらえる?」と車椅子のほうを指さした。言われるがままに日傘を差し出すと、彼女は、ゆっくりと、それを開く。ごく自然に傘を持つように手にとって、くるりと回して、ふふ、と静かに笑った。

「ねぇ、明貴人くん。写真を撮ってほしいの」

「……うん。どんな風に撮ろうか」

「あの、車椅子のところから」


 彼女に言われて、今日はカメラを持ってきた。正直、使い慣れてはない。父の持っているものを借りてきただけだった。上手く撮れないことも考えて、デジカメも持ってきた。ただ単に利便性の観点から携帯電話も持ってきた。その三つで撮ろうと考えながら、彼女の要望をきく。

「車椅子のところから? それだと、背中からになる」

「それでいいの。わたしが、振り返るから。ちょっと振り返った様子を、撮ってほしいの」

「ああ、そういうことね」


 想像するだけでも、きっと綺麗だろうと思った。淡く色づいた秋桜の中で、色白の彼女が、木綿の白いワンピースに身を包んで、クリーム色の日傘を差す姿は、きっと綺麗だろうと。ただ、そこまで素直に口に出すことはできなかった。

「そのときにね」

「うん」

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