第四幕、御三家の幕引
「普通に見えるように、撮ってほしいの」

「…………」


 どういう意味か分からなかったけれど、聞き返すのは憚られ、無言で彼女を見つめ返した。

「普通に、ね」


 繰り返されるその言葉に、やはり疑問を投げることができなかった。

 彼女は苦笑する。

「……立ってるように、撮ってほしいの。この、花畑の中に、わたしが、普通の女の子が、ただ佇んでいるように」


 まるで、全身の産毛が粟立ってしまうような、哀しい要望だった。

「……あぁ」


 返事に遣った声が、いつもの自分とは違ってしまう気がして、恥ずかしかった。

「分かった、やってみるよ」

「お願いね、明貴人くん」


 彼女は、もう、足が動かないらしい。

 彼女に初めて会ったのは、もう六年も前だ。愛だの恋だの、その高尚さも低俗さも知らないうちに、両親に連れられて彼女に出会った。許嫁だという彼女は、自分より二つ年上で、自分と同い年の妹の手を引いていて、穏やかに静かに微笑んでいて、そのせいか、ひどく大人びて見えた。まるで従姉を紹介されたような気分で、将来結婚する相手だというのは、どうにも非現実的に思えた。

 紹介されてから、度々、彼女と彼女の両親と食事をした。お互いの両親の前だったから、ぼろを出すようなことはしなかった。お互いに、よくいえば礼節を(わきま)えて適切な距離を保ち、悪く言えば上っ面で表面ばかり撫でるような付き合いをした。

 それを崩したのは、皮肉にも、彼女の病気だった。

 腰の痛みを訴えた彼女は、病院へ行ったその日に入院した。それを聞いて、許嫁の体裁のために見舞いへ行った。そこで、見てしまった──普段はとても静かで穏やかな彼女が大泣きして取り乱す様子を。いやだ、怖い、なんで、死んじゃうの──そう、感情の溢れるがままに喚く彼女が、たった二つ年上であるだけの女の子だと知った。

 本当に、本当に。酷い、皮肉だと思う。きっと、彼女に恋をしたのは、ひどく大人びていた彼女が、ちっとも大人なんかじゃない、普通の女の子なのだと知ったから。でも、それを知ることができたのは、彼女が普通の女の子じゃなかったから。

< 453 / 463 >

この作品をシェア

pagetop