第四幕、御三家の幕引
 ねぇ、明貴人くん──入院して暫く経った後、彼女は、いつもどおりに、僕の名前を呼んだ。なに、と返事をすると、わたしの、写真を撮ってくれない、と。もう足が動かないから、迷惑をかけると思うんだけど、撮ってくれないかな、と。そんなのお安い御用だよと、二つ返事で引き受けた。ただ、僕はただの中学生だったから、彼女の両親に頼んで、彼女の希望どおりの花畑へ連れて行ってもらうことにした。

「ねぇ、明貴人くん」


 はっと、我に返る。カメラの向こう側で、彼女が笑っていた。

「できるだけ、普通に見えるように、いろいろ、指示をくれない?」

「……あぁ」


 車椅子が映らないように慎重に位置を確かめながら、遠くから、花畑全体がうつるように、父のカメラで彼女を映した。彼女の目論見どおり、彼女が座る椅子は見えず、でも、残念ながら、彼女が振り返っていなかった。

「もう少し、振り返ったほうがいいかな」

「……ごめんね、少し、身体を動かしてもらってもいい?」


 腰から回すことができないから──そう言われた気がして、慌てて彼女のもとへ駆け寄った。

 どう、動かそうか。そのためには、有体にいえば抱き着くような恰好をしてもらう必要があって、言葉に詰まった。そんな情けない姿を、彼女は笑うことなく、ただ僕に手を伸ばす。

「ごめんね、肩を、借りていい?」

「……うん」


 彼女の手から日傘を受け取って、一度地面に置いた。ゆっくりと、僕の身体に向けて、彼女の腕が伸びる。白く、細く、今にも折れてしまいそうな腕だった。

 でも、彼女の体が温かいことを、知っている。彼女は、それ以上体を動かすことができなかったから、僕が手を伸ばす必要があった。ゆっくりと、躊躇いながら、彼女の腰へ腕を前回す。もう一方の腕は──膝の下に入れるしかなくて、彼女にそんなことをする申し訳なさと気恥ずかしさに、一層躊躇する。

 どくん、どくん、と、心臓の鼓動が速くなっていた。彼女の腕が肩に乗せられた瞬間、その速さは増していた。彼女の腰に触れた瞬間、彼女にも聞こえてしまっているのではないかと思った。膝に触れたときには……きっと、彼女に聞こえていただろう。

 どくん、どくん、と。速く鼓動する心臓の音に、ゆっくりと、心臓の音をかぶせるように、彼女の体を抱き寄せる。

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