第四幕、御三家の幕引
 本当は、体を動かすためにそんなことをする必要はなかったのだけれど、そんな、下心しかないことをしてしまったのは、自分の幼さゆえだろうか。秋空の下、彼女の体を、思わず抱きしめた。彼女は何も言わなかった。

「……これで、いいんじゃないかな」


 だから、何食わぬ顔で体を抱き上げ、その向きを変えた自分の狡さは、よくよく分かった。

 もう一度、最初の場所に戻った。振り返った彼女の体の向きは、今度は不自然ではなくて、立ち姿の写真と言っても、そうおかしくはなかった。

 父のカメラでその姿を映したけれど、いいものを選びすぎてしまったのか、却ってカメラの良さもそれによる写真の良さも分からなかった。

「明貴人くん、どう?」

「……もう何枚か撮るよ」


 父のカメラをデジカメと交代させ、今度は機械的に撮った。でも、先程と大して変わらないように思えた。少し首を捻りながら、今度は左に数歩ずれて撮ってみる。やはり、良さは変わらないように思えた。また首を捻りながら、彼女へ近づいて、撮る。それでもやっぱりそう変わらなかった。今度は彼女にもっと近づいて撮った。

 そう、何度も何度も、撮って確認しては首を捻って移動する僕を、彼女は笑った。

「明貴人くん、一枚あれば、いいから。椅子が見えなくて、立ってるように見えれば、それでいいの」

「……ああ、分かってるんだけど」


 分かってはいるんだけど──……。生返事をしながら、カメラの画面を覗いたまま動いて。

「……本当、明貴人くんは、優しいんだから」


 そう笑った彼女の顔が、散る花弁のように見えて。

 思わずシャッターを切った。





「ねぇ、明貴人くん。両親がね、とても、喜んでくれたの」


 彼女の隣でぼんやりと座っていたとき、不意に、そんなことを言われた。

「……ご両親が?」

「うん。明貴人くんは、こうやって、毎日、お見舞いに来てくれるでしょう?」


 彼女の視線は、花瓶に入った秋桜に向いていた。

「……明貴人くんは、言ってしまえば、ただの許嫁だから。許嫁は、お見舞いに来ないといけないわけじゃないでしょう。わたしの我儘を、聞く必要もないわけでしょう。でも、いつも、明貴人くんはここにきて、ずっと、わたしといてくれる。両親が、とても喜んでたの。さすが、鹿島さんのご子息だって。とてもいい許嫁でよかったって」

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