第四幕、御三家の幕引

手を取り合うには弱すぎて

やってきた女性は、穏やかな笑みを称え、今どきにしては少し地味で、上品な服装と仕草をしていた。

「鹿島さんですよね? 岬《みさき》七海《ななみ》といいます」

 まるで試されているような名前に、心臓が前触れなく大きく鼓動し始める。それを必死に隠しながら「こちらこそはじめまして」と微笑んだ。

 父に勧められるがままま、こんなご時世にもかかわらずお見合いなんてする羽目になったものの、そうなるのも仕方がないとは思っていた。せっかくそれなりの大学に行ったのに、ろくに相手も見つけないまま卒業。父としては、がっかりしたとまでは言わないだろうが、やきもきはしただろう。自分としても、普通に恋愛をする気にならないことは分かっていたので、好きとはいわずとも適当に良い相手と付き合って上手くいくのであれば、そのまま婚約も結婚もしていいんじゃないかと思った。

 その名前を聞くまでは。

 ……狙ったんじゃないかってくらい、どっ被りなんだよな。

 ミサキの音は結婚すれば消せるけど、海の字は消せないじゃないか。

「鹿島さん? どうかしました?」

「……いえ」

 ミサキさんとは呼びたくなかった。とはいえ相手が鹿島さんと呼ぶのに自分が名前で呼ぶのは、アンバランスだし何より他意を感じさせそうで嫌だった。

「……すみません、父が勝手に話を進めたみたいで」

「いえ、それはお互い様です。でも、お話でしか聞いたことがありませんでしたけれど、ご本人もこんなに素敵な方だなんて」

 父親は、父の大学時代の同期で、メガバンの出世競争を勝ち抜き支店長に就任している。本人は音大を卒業後、ドイツに住みながらピアニストとして活躍していた。

 もし俺に選民思想が根付いていれば迷わず結婚を申し込んだだろう。

「……買いかぶりですよ」

 話は、つまらなくはなかった。俺への質問が中心で、話題を広げようと気遣いながらもその気遣いを表には出さなかった。たまに自分の話をして、少し広げて、また俺にボールを戻す。その空間に窮屈さはなかった。退屈でないとはいえなかっただけで。

「よろしければ、またお会いしていただけますか」

 控えめに差し出された手を取るのは、まるで裏切り行為だった。……誰に対するかは、分からないけれど。

「……ええ、ぜひまた」

 いわゆるキープを馬鹿にしていたので、これはただの決断の先延ばしだと、自分に言い訳をした。
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