第四幕、御三家の幕引
「桜坂といえば」
「ああ、何かあったのか」
「……お前、正直桜坂のこと好きなんじゃないの」
……本当に何も分かってないな、コイツ。はぁ? なんて聞き返したいのを堪えた。
「好きじゃない」
「だったらなんなの、今の反応」
「桜坂にまたなにかあったのかと思ったんだ」
「その反応が好きなんじゃないのかって聞いてるのに」
「そうじゃない」
「でも友達じゃないだろ」
「そりゃあ友達とは言わないが」
それは、わりと馬鹿正直な気持ちではあった。友人というには近い、ただ恋人というには遠い。恋のような苛烈さはないが、愛のような落ち着きはある。それでも俺達は、間違いなく別の異性を愛している確信がある。
「まあ、俺と桜坂も微妙な関係といえばそうかもしれないけど」
「桐椰のことの相談はお前にはできないだろうな」
「それは俺自身というより、遼と俺の関係もあるだろうしね。で、お前は自分への尋問が終わったと思ってんの?」
「別に逃げようとしたわけじゃねーよ。……答えが見つかんないなと思ったんだ」
松隆は、無神経なことをあえて言うことはあるけれど、他人から聞いたことを無神経に言いふらすやつではない。その意味では信用できるし、だから卒業後もつるんでいた。
椅子の背にもたれ、高校生のときを思い出す。
「俺は……恋愛感情で桜坂にキスしたことはなかった。桜坂を助けたのも、樹のエゴを許せなかったからで、桜坂に対する感情が理由じゃあない。桐椰と一緒にいる様子を見て不愉快になったこともない。別れたのを聞いて、ざまあみろとも可哀想にとも思わなかった」
ただ……。一度口を閉じて、もう一度開いた。
「ただ、桜坂が桐椰と別れたと連絡してきたときに……元カノといたけど、桜坂を優先したし、そこに疑問はなかった。元カノのことがどうでもよかったってのもあるけど、そもそも桜坂からのよっほどの連絡には出るべきだと思った」
それは、松隆がこの話を切り出したときと同じだ。桜坂になにかあったのかと思えば、俺はきっとすぐに顔を上げて反応する。あの時も、それと同じだった。
「でもあれは、桜坂の力になりたいとか、あわよくば次の彼氏に収まりたいとか、そんな感情じゃあない。……桜坂とはよく連絡を取るけど、連絡を取りたいと思うからじゃなく、お互いふと誰かに連絡をとりたいときに真っ先に浮かぶ相手なだけだ」
「……それは、いわゆる恋人なんじゃない?」
「そんな甘い関係じゃないんだよ。どちらかというと、お互いにお互いを好きになり得ないと確信していて、お陰で気軽に連絡が取れるだけ。恋人とは真逆の信頼関係だ」
そう、信頼関係はある。俺はお前を好きじゃない、お前も俺を好きじゃない、お互いに男女の何かなんて一切期待していないし、そんなことを期待されたら信頼関係は崩れる。でも、その期待を抱かれることはないと信頼している。
「だから、その感情に名前はつけられないって?」
「……そうだな」
名前をつけることはできない。きっと、今だけではなく、ずっとそうだ。俺は、きっとずっとそう。
「いうなれば、俺と桜坂は、お互いに背中を合わせてへたり込んでるのさ」