第四幕、御三家の幕引
 でも、口を滑らせてしまうほど桐椰くんに詰められる気はしないしな……。そもそもエレベーターが女子部屋の階に着きさえすれば逃げられるしな。


「じゃ、また明日の朝ごはんで──」


 が、その目論見は甘かった。エレベーターを降りるとき、なぜか桐椰くんも一緒に降りてきたからだ。

 なんでこの人、女子部屋の階に降りてるんだ。桐椰くんでなければ事件の予感さえする不審な行動だ。いや、桐椰くんでも不信感は抱いてしまう。それに不安感を足した表情で、恐々と見上げるけれど、沈黙が落ちるだけだ。桐椰くんの背後では、空っぽのエレベーターでさえ、「え、閉めるよ? いいの?」とでも喋り始めそうなゆっくりとした動作でその扉を閉める。


「……あの、どうかしましたか」

「……いや、どうってほどでもないんだけど」


 なんなら私の腕を掴んで、しどろもどろと目を逸らしながら口籠るときた。


「どうしたのかなー、桐椰くん。部屋に帰るのが寂しいのかなー」

「ちげーよ! ……ソイツ、大学生なんだよな」

「……そうだけど」


 話の先が読めない。大学生だったらなんなのか。首を傾げる私に、桐椰くんはぐしゃぐしゃとお風呂上りの髪をかき混ぜる。茶髪なのも相俟って、完全に犬だ。


「だから……久しぶりに会ってどうすんのかなって」

「どうするって、最近どうなのってお喋りするだけだよ。久しぶりに会うわけだし」

「……話して、その後は……」

「お散歩くらい一緒にするかもしれないけど、特に決まってはないよ」

「いや、そういう意味じゃなくて、久しぶりに会って話して、何すんのかなって」

「だから話すだけだよ。桐椰くんだって久しぶりに会う友達と適当にお喋りすることあるでしょ?」

「まぁあるけど……」


 頭の上に“?”マークを浮かべ続ける私に、桐椰くんが「だから……そういう話じゃなくて……」と口籠る。

 ややあって、桐椰くんは私の腕を掴んだまま俯いてしまった。


「……どういう相手なのか気になるだろ」

「あ、悪い人じゃないよ? この間会った時もそうだったけど、適当な人だけどそういうとこはちゃんとしてるし」

「ちげーよ! いい加減にしろよお前は! ソイツと久しぶりに会って付き合うだのなんだのそういう話になんねーのかって聞いてるんだよ!」


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