第四幕、御三家の幕引
 待ち合わせのカフェに行くと、気付いた彼方がすぐに手を振ってくれた。椅子の背にはグレーのピーコートと臙脂のマフラーがかかっている。コートとマフラーは両方とも皺にならないように丁寧にかけてあって、大雑把な性格なのにいつも服はちゃんとしているのを思い出した。

 向かい側のソファに座れば、彼方はアイボリーのプルオーバータイプのパーカーを着ていた。髪も焦げ茶色だし、今桐椰くんと並べると兄弟らしいかもしれない。


「久しぶり、彼方。元気だった?」

「見ての通り。冬服可愛いなー」

「あ、私ホットカフェラテ」

「カフェラテならセットできたと思うけど、ケーキ食べる?」


 呼吸をするように吐かれた誉め言葉を無視してメニューを開く。でも彼方も流されることに成れているので気にしない。


「チョコ食べたいな、チョコ」

「それならザッハトルテおすすめ」

「そうしよっかな」


 どうやら彼方がよく来るところらしい。ケーキはショーケースに並んでいる中から選ぶのに、彼方は選びにも行かなかった。


「修学旅行どう? 楽しい?」


 注文後、彼方は小首を傾げながら微笑んだ。相変わらず毒気のない愛想笑いだ。なんなら松隆くんみたいな悩殺完璧笑顔でもないので、警戒心のある女の子は彼方にコロッと騙されてしまうかも。


「楽しー……けど、なんだかねー……」


 夏はこんなことがあって、九月になってから学校で体育祭があって、御三家のファンが暴走してて、なんてくだらない話をして、それから、月影くんの話をした。月影くんに断りなく話してしまったけれど、彼方なら大丈夫だろう、と思って。なんなら、月影くんが雁屋さんを襲ったという嘘の噂を信じたままかもしれないし。

 実際、彼方は「あぁ、そういやその話聞いたことあったなぁ」と呟いた。


「好きな子を守るために、ね。ま、駿くんらしいといえばらしいか」

「……なんか、あんまりいい反応しないね」

「そりゃそうだろ。聞こえはいいけど、その女はクソ野郎だよ」


 意外にも冷ややかな声に驚いてしまったけれど、その発言自体は正論だった。彼方は無条件に女の子に甘いのだとばかり思っていたけれど……、どうやらそういうわけではないらしい。運ばれてきたコーヒーを口に運びながら、彼方は呆れたように頬杖をつく。


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