第四幕、御三家の幕引
頭上の彼方がどんな顔をしているのかは知らないけれど、それもまた、取ってつけたような答え。
「本当は挨拶でもするところかもしれないけど、デート中なんで、また今度にしてもらっていいですか?」
そして、模範解答をした口にしては、あまりにも不躾な申出。
「あ……はい……」
さすがにそこまでは予想はできていなかったかのように、少しどもった返事。
「亜季ちゃん、行こう」
一瞬で重みが消えたかと思うと、優しく腕を引かれた。彼方が嘘でも名乗りさえしなかったのは、何の為だろう。少なくとも、まるで見せつけるように、その左手には二本のマドラーがあった。
私の視界に彼は映ってなかったから、彼方に手を引かれずとも、彼の表情は分からなかった。
「あーきちゃん」
雑貨店の奥まで来て、彼方は手を放すのではなく、私の両手を握り直した。
「大丈夫?」
「……別に大丈夫じゃないことなんてない」
「そっか。それならいいけど。マドラー、買ってくる?」
「……買ってくる」
離れる口実を貰って、慌ててその手からマドラーを受け取って、レジに駆けようとした。でも、彼方の手の中から抜け出せないくらい……どうかしてしまっていた。そう、どうかしている……弱ってるとか、疲弊しているとか、呆然としているとか、表現の仕方はいくらでもあるようで、どれも的確ではなかった。
ただ、彼方が、手を握って、じっと私が動くのを待ってくれていた。
「……あのね」
「うん」
「……あの、ね」
言おう、言おう、として、喉に言葉が閊えた。ともすれば嗚咽さえ漏れそうで、我ながら情けなかった。
「……きっと、彼方でも軽蔑すると思うんだけどね」
「しないよ」
迷わずに否定してくれた声が、どうしてか、全然似てないのに、桐椰くんの声みたいに聞こえて、気が緩んだ。
「……好きだったの」
お陰で、吐き出せた。
「……私、兄のことを、好きだったの」
「そっか」
最後の最後の理性 に、彼方は気付いてしまっただろうか。もしかして、変に理性なんてなくても、彼方が気付く種は蒔いた後だっただろうか。分からないけど、間髪入れない相槌に他意を入れる余地なんてなくて、そのことに崩れ落ちそうなほどに安堵した。
「本当は挨拶でもするところかもしれないけど、デート中なんで、また今度にしてもらっていいですか?」
そして、模範解答をした口にしては、あまりにも不躾な申出。
「あ……はい……」
さすがにそこまでは予想はできていなかったかのように、少しどもった返事。
「亜季ちゃん、行こう」
一瞬で重みが消えたかと思うと、優しく腕を引かれた。彼方が嘘でも名乗りさえしなかったのは、何の為だろう。少なくとも、まるで見せつけるように、その左手には二本のマドラーがあった。
私の視界に彼は映ってなかったから、彼方に手を引かれずとも、彼の表情は分からなかった。
「あーきちゃん」
雑貨店の奥まで来て、彼方は手を放すのではなく、私の両手を握り直した。
「大丈夫?」
「……別に大丈夫じゃないことなんてない」
「そっか。それならいいけど。マドラー、買ってくる?」
「……買ってくる」
離れる口実を貰って、慌ててその手からマドラーを受け取って、レジに駆けようとした。でも、彼方の手の中から抜け出せないくらい……どうかしてしまっていた。そう、どうかしている……弱ってるとか、疲弊しているとか、呆然としているとか、表現の仕方はいくらでもあるようで、どれも的確ではなかった。
ただ、彼方が、手を握って、じっと私が動くのを待ってくれていた。
「……あのね」
「うん」
「……あの、ね」
言おう、言おう、として、喉に言葉が閊えた。ともすれば嗚咽さえ漏れそうで、我ながら情けなかった。
「……きっと、彼方でも軽蔑すると思うんだけどね」
「しないよ」
迷わずに否定してくれた声が、どうしてか、全然似てないのに、桐椰くんの声みたいに聞こえて、気が緩んだ。
「……好きだったの」
お陰で、吐き出せた。
「……私、兄のことを、好きだったの」
「そっか」
最後の最後の理性 に、彼方は気付いてしまっただろうか。もしかして、変に理性なんてなくても、彼方が気付く種は蒔いた後だっただろうか。分からないけど、間髪入れない相槌に他意を入れる余地なんてなくて、そのことに崩れ落ちそうなほどに安堵した。