第四幕、御三家の幕引
 ……誰だ。ガン見した後、スマホを取り出して、無音カメラで撮影した。一ミリくらい鹿島くんに悪いと思ったけれど、御三家が脳裏に過った瞬間に何も感じなくなった。どうやら私は世間一般の人間より性格が悪いらしい。どんなに恨んでる相手でも悪いことはしてはいけない、なんて道徳の授業で教えられそうな倫理観が備わっていなかった。それどころか、脅しのネタになるなら何にでも使ってやる、くらいの気概も持ってしまった。

 さて……、と写真を元に戻し、生徒手帳を床に置く。弱味は気付かれないように握るから意味があるのだ。弱味になるのかどうなのか知らないけど。なんなら、大事に入れてる写真なんだから、鹿島くんの許嫁とか、昔の好きな人かもしれない。……それこそ、遺影だったりして。

 それにしては最近の写真っぽいから、さすがに死人じゃあないか……。乱暴な感想を抱きながら、ソファに自分の荷物を置いて、ふと、休憩室に目を向ける。もしかして、鹿島くんがいるのはこっちか。

 扉の近くに寄っても、物音は聞こえなかった。すりガラスに映る影もない。

 少なくとも着替え中ではない、と判断してノックもせずに扉を開ける。間取りには見覚えがあるので、五月に侵入した女子用休憩室と対になっているようだ。

 そして、ベッドには鹿島くんが寝ている。

 激しく、寝首を掻きたい衝動に襲われた。だって、あの鹿島くんが無防備だ。今すぐ制服を剥いで恥ずかしい写真の一枚でも撮ってしまえばあっという間に形勢逆転──な気がする。似たようなことは裏から手を回してされているわけだし、それをする権利は私にもあるはずだ。

 ある、はずだけど。する気にはならない。なんとなく、自分の掌を見つめて、ぎゅっと握った。やろうと思えばできるけど、それをしたら、堕ちるところまで堕ちる気がした。大義名分らしきものがあるとはいえ、それを掲げて非道なことをするのは、私達の加害者と同じ土俵に自らのぼるのと同じことのような気がした。自分が立派な人間だとはちっとも思わないけれど、いわゆる常識的な倫理観を理解できるのが、自分の人間性の最後の(とりで)のような気がした。

< 84 / 463 >

この作品をシェア

pagetop