第四幕、御三家の幕引
 その代わり、鹿島くんが苦しそうに呼吸をし、おそらく高熱にでも(うな)されていて、床に転がった空っぽのペットボトルに向けて力なく手を伸ばしていることは、ちらとも私の心を揺らさなかった。せいぜい、「はーん、鹿島くん、頑張っていつも通り生徒会室に仕事に来たはいいけど、熱が辛くて休むことにして、机は必要最低限に片付けて休憩室に逃げたところで力尽きて、今は水分もとれずに苦しんでるんだな」と分析した程度だった。

 よっこいしょ、と椅子を持ってきて座る。鹿島くんの寝顔なんて見ても何一つ楽しくないけど、どうせ家に帰るまでの暇つぶしだ、眺めておこう。どうやら、休憩室に入ってから力尽きるまでは早かったらしい。眼鏡はベッドの上、体のすぐそばに転がっていて、いつ押しつぶしてもおかしくないし、ネクタイはかっちり締まったままだ。これはさすがに苦しそうである。別に何もしないけど。

 あまりに暇なので、頬杖をついて、本を読むことに決めた。鹿島くんの看病をする気なんてさらさらないので、本当にただ側にいるだけだ。

 そうして暫く時間を潰して気付いた。インフルエンザだとしたら、伝染(うつ)されては堪らない。最近ちらほらクラスにインフル患者も出現してるし、年末年始に家に一人でインフルエンザなんて地獄だ。この部屋は封印しよう。

 パン、と本を閉じて、いそいそと椅子を元に戻す。鹿島くんの家にはきっとお手伝いさんや執事さんがいるから、ワンプッシュで飛んできてくれるシステムとかあるよね。私が見捨てても何も問題はあるまい。

 が、パシッと腕を掴まれたので「うぎゃあ!」と可愛くない悲鳴を上げてしまった。私がごそごそしているせいで起きたらしい。見れば、恨みがまし気な目がこちらを見ていた。


「病人に何もせずに帰る気か?」

「何言ってるの、眼鏡外してあげたよ」

「嘘を吐くな、自分で外した記憶くらいある。飲み物買ってこい」

「買ってこいとか! 何様ですか、松隆様でもそこまで偉そうなこと言わないですよ」

「生憎君を支配できる点では松隆より上だ」

「うわー、気持ち悪い。ていうか看病イベントといえば大体片想い相手にするものなんですけどね、なんでよりによって憎き敵の看病しなきゃいけないんですか」

「毒を混ぜるチャンスを与えてるんだ、分からないのか」

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