第四幕、御三家の幕引
 解熱剤が効いてきたのか、鹿島くんは精力的に仕事を片付け始めた。キーボードを打つ指の動きが玄人。まぁコーヒー一つで貸しができる可能性があるならいいかな。


「……で、もうすぐ六時だが。帰らないのか」

「そうですねぇ、病原菌と同じ空気吸いたくないし、そろそろ帰りましょうかねぇ」

「幕張匠を演じてるとき、どんな気分だった?」


 唐突で、鹿島くんらしくない直球の質問は、悪寒となって背筋を撫でた。しかも、私は一瞬で真顔になったというのに、鹿島くんの様子はまるで仕事の片手間だ。


「……どんな、って何」

「そのままの意味だよ。嫌なことを忘れるとか、煩わしさが増すとか、あるだろ」

「それを鹿島くんに話す義理はなくない?」

「……まぁそうだな。ただの雑談だ」


 無理矢理熱を下げただけなので本調子ではないのはそうだけど、それにしたってあまりにも不躾(ぶしつけ)な質問は、どうやらそれほど大事なものではない、らしい……。もしくは大事なものでないと思わせるために食い下がらずにいたのか……。


「……たまには私達じゃなくて鹿島くんの話でもしましょーよ。鹿島くんの家は松隆くんの家みたいに超厳しくて寒々しいんですか?」

「馬鹿いうな、少なくとも松隆の家は家庭の体裁が整ってる」


 きょとんとして頭に疑問符を浮かべた。家庭の体裁とは?

「松隆の家は確かに厳しいけどな、優秀有能の側面においてだけだ。その厳しさが極端に表に出れば、まぁ誤解を生むような場面にもなろうが……。有体に言えば、愛のある温かい家庭ってヤツだよ」

「へ……?」


 松隆くんの家が……? 今までの松隆家の印象とは百八十度違っていて困惑した。だって、松隆くんは親の顔を立てるために嫌々やってることもあるし、そういう風に縛られるのが嫌で家出することもあって、でもそんな苦悩を表に出すことはできなくて……。


「確かに、躾の厳しさではあの家の右に出るところはないだろうよ。お陰で、というか、実際あんなの見れば愛情があるのか疑わしいとさえ思う」

「……けど、本当はあるって……?」

「正直、息子を褒められてるときの松隆の母親の顔は見てて反吐が出るね」


 実際に嘔気でも催したかのように、鹿島くんは何かに耐えるような表情に変わる。眉間に寄せた皺の間を汗が伝うようだった。帰ればいいのに。


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