修道女のお菓子 〜シスターエルフのレシピと事件簿
ぐいと腕を引っぱられ、ククーシュカは馬舎に連れて来られた。
小屋の掃除でもさせられるのかと思いきや、無理やり鞍に乗せられる。
「……あの?」
混乱する少女の後ろに自分もまたがると、
「はっ!」
手綱を取り、アルジェントは馬を駆った。
つややかな黒毛のたくましい軍馬。愛馬すらも素人感がない。
走行は徐々にスピードが増し、景色は後方へ走ってゆく。
初めは行き先をうかがっていたが、村を出て徒歩ではもう教会へもどれない距離まで来たとき、ようやくククーシュカはふり返ってアルジェントを見た。
「ど、どこへ?」
「フフ、いーいところへ連れて行ってやる」
下から見上げる笑顔は凶悪で、セリフと反比例している。
(あっ……売られる)
カタカタとふるえるククーシュカを馬の振動のせいとでも思っているのか、アルジェントは手綱をゆるめない。
ククーシュカは終始生きた心地がしなかった。
一刻ほど走っただろうか、どこかの町の正面門が見えて来て、ようやく馬は歩みを止めた。
まず目に飛び込んで来たのは、レヴァンダとは比べものにならない大きさの広場。
そびえ立つオベリスクは、高過ぎて頂上が見えない。
「こ、ここは──」
「聖都だ」
売られるという危惧はどこへやら、ククーシュカは馬を降り、感嘆で三百六十度頭を廻らせた。
回廊の美しい大聖堂、絶え間なく水のあふれる噴水。
町中の円形闘技場では、演者が飛んだり跳ねたりと劇が催されている。
至るところにたたずむ古の像は偉人か神々か。
レヴァンダの村すら森の民の棲み家より広いというのに、この町はどこまで行っても終わりがない。
「ここが聖都……こんな大きな町、見たことないです」
「これでも復興したのだ」
「復興?」
「あー……エルフ族との戦いで、だ」
やや言葉を濁したような答え。
彼にしては気を使っているのだろう。
だが、ククーシュカには別の驚きがあった。
「森の民は、聖都とも戦ったのですか? レヴァンダだけでなく?」
「レヴァンダと対戦したのは、お前のいた森の民だ」
「では、すべて討伐されたのではなかった?」
「世界中に森はある。事実、聖都はエルフ族によってかなりの痛手を受けた」
アルジェントは、崩れた浴場跡に腰かけた。
戦いは人間側に軍配が上がったとはいえ、聖都は戦いの傷跡が残っている。
考えてみれば、世界中いろんな場所で同じ花が咲くように、エルフ族がククーシュカの棲んでいたあの森だけに生息しているはずはないのだ。
自分の視野のせまさをククーシュカは省みた。
「ここがトリアー神父の住んでいた町なのですね」
「厳密には違うが、まあ聖都は庭のようなものだな」
久しぶりに来られたからか、アルジェントは何気に機嫌がいい。
馬をあずけ、ふたりは石畳の道を歩き始めた。
聖都では、誰も彼を恐れてよけたりしない。
人が多いため強面の人物に慣れているのか、それとも一通行人など気にしないのか。
みな自分の用事で忙しそうだ。
通りには、青空市で見た露店をさらに大きくしたような店が立ち並ぶ。
肉やパンなどのデリ、ゴブレットなどの陶器類。
おなじみのぶどう酒やチーズも種類が豊富で、いく通りも味見ができる。
歩きながら食べた筒状の揚げ菓子は、かぶりつくとレモンクリームが中からあふれ、驚くほどおいしかった。
しかし何より驚いたのは、
「トリアー神父、あのひとたち……!」
「ああ、そうだな」
ククーシュカの視線の先では、なんと長耳のエルフやドワーフたちが働いていた。
彼らは人間と同じ店で宝石を売っている。
「エルフやドワーフは地底に造詣が深く、天然石の鉱脈に長けている。人間とは得意分野が違うからな、共同で商売をするのにはもってこいなのだ」
穀物をひく者、鉄を打つ者、よくよく見わたせば、いろんな店に彼らはいる。
「聖都では、我々と森の民はもう和解し、共存しているのだ」
「……わたしの仲間がいるって、教えてくださったんですね」
ククーシュカは目を輝かせてアルジェントを見上げた。
「それだけではない、ほかにも見てほしいものがある。あそこは何の店かわかるか」
アルジェントが指をさす喧騒を離れた一角に、羊皮紙を並べた店がある。
軒下まで行ってみると、パン切りボードほどのサイズで奥に何か別の束が積まれていた。
近くで見ると、恐ろしく薄くて白い。
「何かの皮……ですか?」
「これは『紙』といってだな、新しい筆写材となるものだ」
「こんな素材、見たことありません」
感動してふれてみると、上質な布のようにすべらかだ。
「今は高級品だが、いずれ羊皮紙はこいつに代わる」
羊皮紙ですらまだ高価な市場なのに、そんな品物の数々がこの町にはあふれているのだ。
アルジェントは楽しそうに店を出た。
「砂糖とて、そのうちすべての家の食卓に上がる日が来るさ」
それを彼は言いたかったのだろう。
しかし町を眺めるアルジェントが、自分の出店を俯瞰気味に捉えているようで、ククーシュカは胸がもやもやとした。
「でも、今はそうじゃないんです。そんな先のこと言われても──」
うつむいた頭に、ごつんとげんこつが降って来る。
「痛っ」
「だからお前はバカなのだ」
アルジェントはククーシュカを見ずに言った。
「リリウムにはあまやかされたのだろうが、ここではみな新しい時代を生きている。後ろ向きでは前が見えん。砂糖が使えんのなら作ってみろ」
促されて、ククーシュカはもう一度通りを見回す。
笑っているエルフがいる。人間を指導しているドワーフもいる。
みんな生き生きと働いているのがわかる。
混沌とした日々の中、未だ経済も人の心も不安定なはずなのに。
だが、同族に虐げられていたこと、リリウムに殺されそうになったことを思うと、ククーシュカはやはり素直に共感できなかった。
「……聖都は都会だからです。レヴァンダじゃヴェールすら取れません」
「では、ここでなら取れるのか?」
アルジェントの大きな手が頭に伸びて来て、ククーシュカは思わずヴェールを押さえた。
「──お前自身の問題だ」
一瞥すると、アルジェントは回れ右をして通りをもどる。
(……怒らせてしまった。せっかく連れて来てくださったのに)
ククーシュカは、ヴェールをにぎったままくちびるをかんだ。
そのとき、背後から呼び止める声がした。
「おや、トリアーか?」
ふり向くと、数人の騎士たちがこちらへ歩いて来る。
厳しい制服を纏い帯剣しているが、少なくともアルジェントのように恐ろしげな風貌ではない。
親しい間柄なのか、彼らはにこやかに近づいて来た。
「久しぶりではないか。どうしているかと思ったぞ」
「どうもこうも見ての通り、元気でやっている」
こちらは相変わらず愛想がない。
ククーシュカがひやひやと両者に目線を行き来していると、相手側のひとりの目に止まった。
「めずらしくかわいいおともを連れているな」
「おお、そうだ。お前が剣以外を携えるとはなあ」
一同、どっと笑い出す。その言葉は悪意や嘲笑をふくんでおり、ククーシュカはヴェールの下で不快に眉をひそめた。
「それで、『神の犬』はどこの辺境に左遷されたのだ? 神父ではなく、おこもりの修道士にでもなったか?」
「あいにくまだ世俗に浸かっておってな。レヴァンダの教会に勤務している」
(辺境だなんて、最初から知ってたんじゃない)
頭に来たククーシュカは、嗤う騎士たちの前に立ちふさがった。
「あの、トリアー神父は、神父さまはですね──!」
(……なんだっけ)
とっさに発言したものの、ほめるところが思い浮かばない。
「と、とにかく、いい神父さまなんですからおかまいなく!」
ククーシュカはアルジェントの手を引っぱり、ぽかんと口を開ける彼らを後に歩き出す。
アルジェントは一度だけふり返ると、彼らの揶揄を静かに否定した。
「ああ、こいつはおともではない──同僚だ」
馬をあずけている馬舎へ着くと、アルジェントは呆れた顔で嘆息した。
「まったく、面倒くさいことをしてくれたな」
「すみません……」
自分はこれまでどんなに罵られても反駁することがなかったのに、ククーシュカは言い返さずにはいられなかった。
何かに腹が立ったのは初めてだった。
やってしまった気まずさをぬぐうように、早口で弁明する。
「でもあの方たち、なんだか失礼でわたし……!」
「もうよい」
また怒らせてしまったのだろうか。
だがアルジェントは、存外おだやかに話してくれた。
「わたしも彼らも、もとは同じ教皇庁の務めでな。わたしは罪を犯してしまい、左遷されたのだ」
(罪?)
「それゆえ、みなからは信用を失くした。やつらがわたしを、疎ましく思っているのもしょうがない」
それ以上踏み込んではいけない気がしたが、ククーシュカはどうしてもこれだけは言っておきたかった。
「わたし、トリアー神父の部下ですけど、同僚なんて言ってくださって嘘でもうれしかったです」
「嘘ではない」
真面目にきりりと見つめ返され、思わずほおが染まる。
「同じ組織で働く者は、上司だろうが雑用係だろうがみな同僚だ」
(あっ、そういう……)
かくんと頭をたれるククーシュカの目の前に、アルジェントは腕を突き出した。
「ところで、いつまでこうしているのだ」
今まで、ずっと手をつないでいたのだった。
「はわっ」
あわてて離すが、本人は何も気にしていない様子だ。
逸る胸を押さえ、自然を装う。
帰り道は何も話せなかったが、アルジェントはもういつもの彼にもどっていた。
(……来てよかった)
ククーシュカは暮れてゆく空を見上げ、実りある遠出だったと一日をふり返った。
小屋の掃除でもさせられるのかと思いきや、無理やり鞍に乗せられる。
「……あの?」
混乱する少女の後ろに自分もまたがると、
「はっ!」
手綱を取り、アルジェントは馬を駆った。
つややかな黒毛のたくましい軍馬。愛馬すらも素人感がない。
走行は徐々にスピードが増し、景色は後方へ走ってゆく。
初めは行き先をうかがっていたが、村を出て徒歩ではもう教会へもどれない距離まで来たとき、ようやくククーシュカはふり返ってアルジェントを見た。
「ど、どこへ?」
「フフ、いーいところへ連れて行ってやる」
下から見上げる笑顔は凶悪で、セリフと反比例している。
(あっ……売られる)
カタカタとふるえるククーシュカを馬の振動のせいとでも思っているのか、アルジェントは手綱をゆるめない。
ククーシュカは終始生きた心地がしなかった。
一刻ほど走っただろうか、どこかの町の正面門が見えて来て、ようやく馬は歩みを止めた。
まず目に飛び込んで来たのは、レヴァンダとは比べものにならない大きさの広場。
そびえ立つオベリスクは、高過ぎて頂上が見えない。
「こ、ここは──」
「聖都だ」
売られるという危惧はどこへやら、ククーシュカは馬を降り、感嘆で三百六十度頭を廻らせた。
回廊の美しい大聖堂、絶え間なく水のあふれる噴水。
町中の円形闘技場では、演者が飛んだり跳ねたりと劇が催されている。
至るところにたたずむ古の像は偉人か神々か。
レヴァンダの村すら森の民の棲み家より広いというのに、この町はどこまで行っても終わりがない。
「ここが聖都……こんな大きな町、見たことないです」
「これでも復興したのだ」
「復興?」
「あー……エルフ族との戦いで、だ」
やや言葉を濁したような答え。
彼にしては気を使っているのだろう。
だが、ククーシュカには別の驚きがあった。
「森の民は、聖都とも戦ったのですか? レヴァンダだけでなく?」
「レヴァンダと対戦したのは、お前のいた森の民だ」
「では、すべて討伐されたのではなかった?」
「世界中に森はある。事実、聖都はエルフ族によってかなりの痛手を受けた」
アルジェントは、崩れた浴場跡に腰かけた。
戦いは人間側に軍配が上がったとはいえ、聖都は戦いの傷跡が残っている。
考えてみれば、世界中いろんな場所で同じ花が咲くように、エルフ族がククーシュカの棲んでいたあの森だけに生息しているはずはないのだ。
自分の視野のせまさをククーシュカは省みた。
「ここがトリアー神父の住んでいた町なのですね」
「厳密には違うが、まあ聖都は庭のようなものだな」
久しぶりに来られたからか、アルジェントは何気に機嫌がいい。
馬をあずけ、ふたりは石畳の道を歩き始めた。
聖都では、誰も彼を恐れてよけたりしない。
人が多いため強面の人物に慣れているのか、それとも一通行人など気にしないのか。
みな自分の用事で忙しそうだ。
通りには、青空市で見た露店をさらに大きくしたような店が立ち並ぶ。
肉やパンなどのデリ、ゴブレットなどの陶器類。
おなじみのぶどう酒やチーズも種類が豊富で、いく通りも味見ができる。
歩きながら食べた筒状の揚げ菓子は、かぶりつくとレモンクリームが中からあふれ、驚くほどおいしかった。
しかし何より驚いたのは、
「トリアー神父、あのひとたち……!」
「ああ、そうだな」
ククーシュカの視線の先では、なんと長耳のエルフやドワーフたちが働いていた。
彼らは人間と同じ店で宝石を売っている。
「エルフやドワーフは地底に造詣が深く、天然石の鉱脈に長けている。人間とは得意分野が違うからな、共同で商売をするのにはもってこいなのだ」
穀物をひく者、鉄を打つ者、よくよく見わたせば、いろんな店に彼らはいる。
「聖都では、我々と森の民はもう和解し、共存しているのだ」
「……わたしの仲間がいるって、教えてくださったんですね」
ククーシュカは目を輝かせてアルジェントを見上げた。
「それだけではない、ほかにも見てほしいものがある。あそこは何の店かわかるか」
アルジェントが指をさす喧騒を離れた一角に、羊皮紙を並べた店がある。
軒下まで行ってみると、パン切りボードほどのサイズで奥に何か別の束が積まれていた。
近くで見ると、恐ろしく薄くて白い。
「何かの皮……ですか?」
「これは『紙』といってだな、新しい筆写材となるものだ」
「こんな素材、見たことありません」
感動してふれてみると、上質な布のようにすべらかだ。
「今は高級品だが、いずれ羊皮紙はこいつに代わる」
羊皮紙ですらまだ高価な市場なのに、そんな品物の数々がこの町にはあふれているのだ。
アルジェントは楽しそうに店を出た。
「砂糖とて、そのうちすべての家の食卓に上がる日が来るさ」
それを彼は言いたかったのだろう。
しかし町を眺めるアルジェントが、自分の出店を俯瞰気味に捉えているようで、ククーシュカは胸がもやもやとした。
「でも、今はそうじゃないんです。そんな先のこと言われても──」
うつむいた頭に、ごつんとげんこつが降って来る。
「痛っ」
「だからお前はバカなのだ」
アルジェントはククーシュカを見ずに言った。
「リリウムにはあまやかされたのだろうが、ここではみな新しい時代を生きている。後ろ向きでは前が見えん。砂糖が使えんのなら作ってみろ」
促されて、ククーシュカはもう一度通りを見回す。
笑っているエルフがいる。人間を指導しているドワーフもいる。
みんな生き生きと働いているのがわかる。
混沌とした日々の中、未だ経済も人の心も不安定なはずなのに。
だが、同族に虐げられていたこと、リリウムに殺されそうになったことを思うと、ククーシュカはやはり素直に共感できなかった。
「……聖都は都会だからです。レヴァンダじゃヴェールすら取れません」
「では、ここでなら取れるのか?」
アルジェントの大きな手が頭に伸びて来て、ククーシュカは思わずヴェールを押さえた。
「──お前自身の問題だ」
一瞥すると、アルジェントは回れ右をして通りをもどる。
(……怒らせてしまった。せっかく連れて来てくださったのに)
ククーシュカは、ヴェールをにぎったままくちびるをかんだ。
そのとき、背後から呼び止める声がした。
「おや、トリアーか?」
ふり向くと、数人の騎士たちがこちらへ歩いて来る。
厳しい制服を纏い帯剣しているが、少なくともアルジェントのように恐ろしげな風貌ではない。
親しい間柄なのか、彼らはにこやかに近づいて来た。
「久しぶりではないか。どうしているかと思ったぞ」
「どうもこうも見ての通り、元気でやっている」
こちらは相変わらず愛想がない。
ククーシュカがひやひやと両者に目線を行き来していると、相手側のひとりの目に止まった。
「めずらしくかわいいおともを連れているな」
「おお、そうだ。お前が剣以外を携えるとはなあ」
一同、どっと笑い出す。その言葉は悪意や嘲笑をふくんでおり、ククーシュカはヴェールの下で不快に眉をひそめた。
「それで、『神の犬』はどこの辺境に左遷されたのだ? 神父ではなく、おこもりの修道士にでもなったか?」
「あいにくまだ世俗に浸かっておってな。レヴァンダの教会に勤務している」
(辺境だなんて、最初から知ってたんじゃない)
頭に来たククーシュカは、嗤う騎士たちの前に立ちふさがった。
「あの、トリアー神父は、神父さまはですね──!」
(……なんだっけ)
とっさに発言したものの、ほめるところが思い浮かばない。
「と、とにかく、いい神父さまなんですからおかまいなく!」
ククーシュカはアルジェントの手を引っぱり、ぽかんと口を開ける彼らを後に歩き出す。
アルジェントは一度だけふり返ると、彼らの揶揄を静かに否定した。
「ああ、こいつはおともではない──同僚だ」
馬をあずけている馬舎へ着くと、アルジェントは呆れた顔で嘆息した。
「まったく、面倒くさいことをしてくれたな」
「すみません……」
自分はこれまでどんなに罵られても反駁することがなかったのに、ククーシュカは言い返さずにはいられなかった。
何かに腹が立ったのは初めてだった。
やってしまった気まずさをぬぐうように、早口で弁明する。
「でもあの方たち、なんだか失礼でわたし……!」
「もうよい」
また怒らせてしまったのだろうか。
だがアルジェントは、存外おだやかに話してくれた。
「わたしも彼らも、もとは同じ教皇庁の務めでな。わたしは罪を犯してしまい、左遷されたのだ」
(罪?)
「それゆえ、みなからは信用を失くした。やつらがわたしを、疎ましく思っているのもしょうがない」
それ以上踏み込んではいけない気がしたが、ククーシュカはどうしてもこれだけは言っておきたかった。
「わたし、トリアー神父の部下ですけど、同僚なんて言ってくださって嘘でもうれしかったです」
「嘘ではない」
真面目にきりりと見つめ返され、思わずほおが染まる。
「同じ組織で働く者は、上司だろうが雑用係だろうがみな同僚だ」
(あっ、そういう……)
かくんと頭をたれるククーシュカの目の前に、アルジェントは腕を突き出した。
「ところで、いつまでこうしているのだ」
今まで、ずっと手をつないでいたのだった。
「はわっ」
あわてて離すが、本人は何も気にしていない様子だ。
逸る胸を押さえ、自然を装う。
帰り道は何も話せなかったが、アルジェントはもういつもの彼にもどっていた。
(……来てよかった)
ククーシュカは暮れてゆく空を見上げ、実りある遠出だったと一日をふり返った。