修道女のお菓子 〜シスターエルフのレシピと事件簿
第7章 あまくて苦い
 祝祭まで一週間を切った。
 
 残された時間はあまりなかったが、それでもククーシュカは、アルジェントにもらった砂糖菓子とトリーネが残してくれたスカーフを見るたび、心強い気持ちでいられた。

「ククーシュカ、トリアー神父と仲直りしたんだね」
「もともとけんかなんてしていません」
「でも顔がゆるゆるしてるよ」
 
 はたとほおに手を当てるククーシュカをヨルンドはニヤニヤと見るが、クロエはつまらなさそうにほおづえをついている。
 なぜこのふたりは馬があわないのだろうと考えつつ、ククーシュカは平和な方向へ話題を転じた。

「そういえば、ふたりともお砂糖の作り方って知ってますか?」
 砂糖が使えんのなら作ってみろと、アルジェントに発破をかけられていたのだ。

「ぼく知ってる。さとうきびって植物からできるんだ」
「植物? お砂糖は植物からできるの?」
「うん、聖都から来た家庭教師が言ってたよ」
「へえ、あんた、神父よりよっぽど使えるじゃない、ヨルンド」
 毒のあるコメントだが、クロエも素直に感心している。
 
 砂糖の原料が植物だとは知らなかった。
 ククーシュカは、岩塩のように岩から採れる鉱物だと思っていたのだ。

「その、さとうきびってどこに生えてるの?」
「うーん、もっと暑いとこ。この国では手に入らないみたい」

(なら、それに代わる植物を探せばいい)
 ククーシュカの中に、これまで芽生えることのなかった意欲がむくむくと湧いてきた。

「第三フェーズ、『あまき・運命の構築』……!」
 どこかで聞いたコマンドを口にして立ち上がったククーシュカを、怪訝な目でふたりは見上げた。

 
 まずは身近な植物からということで、ククーシュカは自分の畑から、かろうじてあま味を感じる草や実を選び摘んできた。
 試作を出すまではひとりの作業だ。

「リコリス、ナナカマド、サンザシ、ステビア、ビーツの根……意外とあるんだ」
 そのままではたいてい野菜くさかったりすっぱかったりするので、煎じて使う。
 煎じ過ぎても苦くなるので、見極めが難しい。

「一番あまいのはステビア……かな」
 漉してすぐに葉を取り出せば、苦味成分が出にくいこともわかった。そのまま煮つめてシロップにする。
 
 だがやはりハーブ本来の清涼感が強く、あの砂糖のあま味にはほど遠い。
 ルカのアップルローズのタルトには、舌がしびれるようなあまさがあった。
 
 試作をくり返し自分の味覚も煮つまってきた頃、アルジェントが声をかけてきた。
「うむ、せいが出るな。よし」
 ククーシュカが試行錯誤していると、なぜか彼は機嫌がいい。
 どこからの目線で見ているのか、何もしていないのに監督のようだ。
 
 さらに頼まれてもいないのにシロップをひとすくい味見し──
「──ぶはっ、なんだこのニオイは!」
 吐き出した。

「何かまずかったでしょうか」
「くさっ……おかしなニオイがするぞ!」
「まさか。ステビアはさわやかな香りのはずで……あら?」
 鍋の中を確認し、ククーシュカは首をかしげる。

「あっすみません、カメムシが混入していました」
「カメっ……!?」
 青い顔で水差しをつかみ、ガラガラと大音量でうがいをするアルジェント。

「お、お前は本当にポンコツだな!」
「ポンコツ……」
 まっ向から指をさされ悪態をつかれたが、ククーシュカは不思議とちっともショックではなかった。
 アルジェントには、悪意を感じない。
 どんなに口が悪くても、彼はひとを貶めたりはしないのだ。

(トリアー神父は、苦くてスパイシーな薬草みたい)
 そう考えると、また笑みがもれる。

「貴様……ひとに妙なものを食わせておいて何をニヤニヤしている」
「勝手に食ったんじゃないか、トリアー神父、ククーシュカをいじめるなよ!」
 いつものように、ぶどうをかかえたヨルンドがやって来た。

「ぼうず、状況を見て発言しろ。被害者は……」
「ヨルンド、ありがとう」
 反論を受け流されアルジェントは歯噛みするが、楽しげに談笑する彼らを見てふんと口を閉じた。

「今日のぶどうはいつもと種類が違うんですね」
「これ、うちのじゃないんだ。郊外の雑木林に生えてたんだよ」
 小さめのぶどうの蔦には、雑草やオナモミ──衣服などにひっつくトゲトゲのある実がからまっている。

「野ぶどうですね。ジャムにしたらおいしそう」
 ククーシュカが一つぶつまみ、アルジェントも蔦を手に取る。
「例の屋敷の裏か。よりにもよってあんな場所──うわっ!」
 奇声とともに蔦を投げ出した彼に、ククーシュカも驚いて駆けよった。

「どうされました、トリアー神父!」
「どうもこうもあるか! その枝にまたカメっ……」
 
 よく見ると、アルジェントが放った野ぶどうの蔦に、もとからついていたのかさっき放ったものか、カメムシがついている。

「虫が怖いなんてだらしないなあ」
 ヨルンドがひょいと蔦をひろうと、
「怖いのではない、苦手なだけだ!」
 と飛んで後退る。
 ここぞとばかりにオナモミや蔦をけしかけてからかうヨルンドを、ククーシュカは、はっとして止めた。

「待ってヨルンド、それ見せてください!」
「え、これ?」
 蔦をわたされると、ククーシュカは真剣な顔でカメムシを見つめた。
「気持ち悪いな。お前、正気か?」
 離れたテーブルの向こうで、アルジェントが苦い顔をする。
 
 だがククーシュカは、何かのお告げが降って来たようにつぶやいた。
「もしかしたら……!」


「驚いたな、まさかその辺の蔦にこんな……」
 再度ククーシュカが作ったシロップをなめたアルジェントは、感嘆の声をあげた。
 
 野ぶどうの蔦から採取した樹液は、煮つめると楓のみつと同じくらいあまかった。
 あのカメムシが、流れ出る樹液を吸っていたのにククーシュカは気づいたのだ。
 
 これは『甘葛(あまずら)』といい、古代に存在した甘味料である。

「ぼく役に立った? 立ったよね?」
「ええ、ヨルンドのおかげです!」
 ククーシュカがぎゅっとヨルンドを抱きしめると、付着していた野ぶどうの実がつぶれてふたりの服に染みる。

「あっククーシュカ、修道服汚れちゃったよ」
「わたしは大丈夫、ヨルンドの服のほうが高価ですもの。すぐにソープワートで洗いますから、脱いでください」
「はは、ぼうずごと風呂桶にぶち込んで洗え」
 
 そんな冷やかしに何を思いついたのか、ヨルンドはククーシュカの腕を引っぱった。
「ククーシュカもいっしょに入ろうよー」
 アルジェントがなめていたシロップをふき出す。

「なっ……何をぬかすか、このエロガキが!」
「もう、ヨルンドはまだ子どもですよ」
 呆れるククーシュカの後ろから、舌を出してあざとく笑う少年。
 アルジェントはとっさにロザリオを取り出した。

「悪魔は子どもの姿を借りて顕れる! そいつの頭には666の数字が……」
「何意味のわからないこと言ってるんですか」
 嘆息とともに受け流すも、外の暗さにふと気づく。

「でも、もうこんな時間だったんですね。代わりの服を着て、今日はお家に帰ってください」
「えーまだここにいたいよ」
 ヨルンドは悲壮な顔でふたりを見上げた。

「だめだ、コンティ伯も心配する」
「どうせ父さまはいないもん」
 つまらなさそうにくちびるを尖らせる。

「最近、伯は遅いではないか。感心せんな。わたしからも早く帰られるよう伝えておこう」
「ほんと?」
 疑わしげなヨルンドだったが、ククーシュカが言い聞かせると不承不承納得し、アルジェントに送られ帰って行った。


「──やはり、まだ伯は帰ってなかったな」
 もどって来たアルジェントは、肩をすくめてため息をついた。
 クロエが毎回コンティ伯を相手にするとも思えない。商談などで仕事が忙しいのかもしれない。

「メイドも通い制だし、ぼうずはあの広い屋敷でひとりで飯を食うわけだ」
「さみしいのでしょう、だから頻繁に教会を訪ねて来るんですね」
「だがわたしは子どもは好かん。ぼうずはお前が相手をしてやれ」
 マントを壁のラックにかけると、アルジェントは部屋へ帰る。

「もう、ぼうずぼうずって……」
 ククーシュカはため息をついたが、ふと壁際の床に何か茶色いものが落ちているのに気づいた。
 見ると、アルジェントのマントにオナモミの実がいくつもくっついている。  
 きれい好きの彼にはありえないことだ。
 きっと、ヨルンドにせがまれてより道をして来たのだろう。

(なんだかんだ言って面倒見いいんだから)
 ククーシュカはくすりと笑い、落ちた実をひろった。
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