修道女のお菓子 〜シスターエルフのレシピと事件簿
 リリウムさま、どうして……
 
 あんなにやさしかったのに、わたしを助けたのは、家畜のように育て殺すためだった。
 それとも、あれは全部夢で……

『イラクサ! ハシバミ! オトギリソウ!』
 少女の憂いをさえぎり、黒づくめのマントがばしばしと草束を投げて来る。
「ちょ、ちょっとやめ……」

「何をだ」
 目を開けると、(くだん)の男がのぞき込んでおり、少女はぎょっとしてソファから飛び起きた。

「ここは……?」
「司教の部屋だ。お前の部屋は血まみれだったからな」
 
 あの惨状を思い出し、改めて青ざめる。
 しかしまわりを見回すと、リリウムの部屋にしてはおかしい。
 
 物が多かった部屋はがらんとして、見知らぬ荷物が目に入る。
 あんなに大きなトランクなどあっただろうか。
 違和感を覚える少女に、神父は判然と言葉を加えた。

「ああ失礼、今日からわたしの部屋だ」
「ここは、この教会の代表の部屋ですが……」
「だから、今日からわたしがここの責任者だと言っているんだ」
「き、聞いていません」
 いやな予感に胸がすうすうする。

「今初めて報告するからな。リリウム司祭がケーレスに堕ちていた場合、わたしが教会を管理し、村を調査せよと教皇庁から打診されている」

「でも、教会は男女別住で」
「ではお前が出て行くか?」
 当然のように促され、少女は返答につまった。
 
 ここを追い出されれば行くところはない。
 帰る森はもうないのだ。  
 
 だが助けてもらったとはいえ、
(こっちも……)   
 目の前の男を一瞥しては目を逸らす。
 
 短めの銀髪に神経質そうな尖った蒼い瞳。
 鼻梁を横切るのは、歴戦の戦士のような傷一文字。
 僧服(カソック)の上からでもわかる幅広い肩には、わかりやすく骨格が浮かび上がっている。
 
 額をちょっと指で弾かれるだけで、自分など簡単にふっ飛びそうだ。
 とても、カタギの神父とは思えない。
 
 その屈強な風貌は自分の同族たちより遥かに威圧感があり、彼女は一瞬身ぶるいをした。 
 そんな少女を高圧的に神父は見下ろす。
「修道女よ、わたしの業務にも雑用係が必要だ。こんな時代だ、お前も身のふり方に悩んでいるだろう」
 
 事実あの戦いの後、村もまったくの無傷とは言えず人々は混乱を極めていた。
 焼けた民家もあり、仕事や食べ物の流通は未だ不安定だ。

「まだ教会に勤務する気があるのなら、雇用を更新する」
 なんともお役所的だが選択の余地はない。

「で、では、(たの)……」
「声が小さい!」
 びくりと心臓が跳ね上がったが、鞭が飛んで来ることはなかった。

「聞こえんぞ!」
「よ、よろしくお願いします!」
 なかばやけくそで声をはり上げ思わずぴしゃりと姿勢を正すと、神父は満足げにうなずいた。

「よし。ではこれは返しておこう」
 見慣れた緋色の布がテーブルにおかれる。
(……ヴェール?)

「はっ!」
 とっさに耳に手をやったがもう遅い。
 
 人前では決してヴェールを取らぬよう言われていたのは、この長耳を隠すためだ。
 人間と森の民──エルフは長い間戦いをくり返し、それはエルフ族が殲滅した昨年まで続いていた。
 村人に正体が知れればどうなるかわからない。
 
 地下室で失神したため、ここに運ばれた際神父にヴェールを取られたのだろう。
 少女の髪は軽めのショートボブだ。
 かぶりものがなければ、耳はまる見えである。

「先の戦いであの森は討伐されたと聞いていたが、まさか生き残りの森の民がいたとはな……」
 凄みのある声は、少女の耳には「一匹残らずコロス」と二重に聞こえる。

「じ、自分は生粋のエルフでは……ハイエルフでもダークエルフでもない、そのへんに生息しているただの雑草のようなエルフで」
「そんなことは聞いていない」
 
 動いた右手にびくりと少女はゆれるが、彼はふところから羊皮紙と羽根ペンを出しただけだった。
「草だろうとエルフだろうと使える部下ならかまわん」 

(部下?)
 肩書きが疑問だったが、ひとまず危害を加えられることはなさそうだ。

「これに記入しろ」
 言われるがまま、羽根ペンを手にする。
 たどたどしい少女の筆記を、神父は見づらそうに目を細め追った。

「ククーシュカ、か。お前の名を呼ぶのに五文字も発声するのは効率が悪い。ククでいいな」
 確認しながらも異論を許さぬ口調。

「わたしはアルジェント・トリアーだ。上官には敬称をつけて呼ぶように。ただし緊急時にはこの限りではない。何か質問は」
 一気にまくし立てるので目が回りそうだが、ククーシュカはなんとか答えた。

「と、特にありません(上官?)」
「結構。では引き続き聖務に勤しみたまえ」
 アルジェントは泰然と仔細を述べると、ククーシュカを荷物のように部屋からぽいと放り出した。
 
 あまりの勝手の違いに、呆然と廊下にひざをつくククーシュカ。
 一方ドアの内側では、アルジェントが例の書物をながめ独りごちていた。
「『世紀の遺物』、か。さて──」

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