修道女のお菓子 〜シスターエルフのレシピと事件簿
 そんな話がなされていたことはつゆほども知らないククーシュカは、今日もいそいそと食事を運んでいた。

「お夕食の支度ができました」
 食前の祈り(グラティアス)がすむとお待ちかねの時間だが、食卓を前にアルジェントは悄然と肩を落としている。
「これっぽっちなのか……」
 
 教会での食事は、特別な日を除けばパンにエール、チーズが常である。
 それでもククーシュカは、アルジェントのために副菜を用意していた。
 
 畑で採れたニンジンのスープを、ことりと彼の前に配膳する。
 しかし、アルジェントの絶望の表情は変わらない。

「昨日はレンズ豆とキャベツを煮たもの、その前は薄めたミルクにオオムギ。粗食にもほどがある」
「お口にあいませんでしたか」
 彼は、かろうじて肉と呼べる一片を木鉢の底からすくい嘆いた。

「薄いのだ、味も具も! オーガニック過ぎる! わたしは病人でも菜食主義者でもない!」
「す、すみません。では、どのような食事をご所望でしょうか」
「肉に決まってるだろ」
 彼が言うには、たんぱく質の食材が足りないらしい。

「でも、教会は肉断ちを推奨しているとリリウムさまが」
「ほう、臓器コレクターが粋なことを言うな」
 
 アルジェントは鼻で笑う。
 確かにその通りではあるが、やや釈然としない。
 信仰では、断食の時期もあるからだ。
 
 だが彼は、スプーンを持ったままうっとりと思考を(めぐ)らせる。
「そろそろカワカマスの塩焼きが食いたいな。ベリーで煮つめたローストターキーに、鳩のグレーヴィーソースもいい。デザートは白ぶどう酒に漬けた洋なしで……」
 
 それがどういう料理なのか、ククーシュカには想像もつかないが、その代わり、これまでの夕食を思い出していた。
 
 山羊の乳から作るバターやチーズ。ライ麦やカラス麦でパンも焼いてきた。
 野菜にも困らないので、自分はじゅうぶん満足だった。
 リリウムにも文句を言われた試しはない。

「でも、男性の方にはボリュームが少なかったかもしれません。善処します」
「ボリュームの問題ではない。そもそもあの女はケーレスだ。味覚を持っていたのかもわからんだろ」
 
 皮肉を述べ、アルジェントはひと口でパンを放り込むと不満げにもしゃもしゃとほおばった。
「こんな調子では、空腹と栄養不足で日々の業務にさし障る。とりあえずメニューを増やせ」
「ですが……」
 
 教会の資金は基本、村からの収穫物や収入税で賄われている。
 しかしあの事件から寄進もお布施も滞り、教会は財政難であった。
 
 収入の十分の一税は村民の義務であるが、彼らからすれば聖女と崇めていた司教が実は殺人鬼で、後がまも悪魔のような風貌の男では、信仰はともかく教会の経済を支える気も失せよう。 

「くそっ、また信者のせいか、こしゃくな」
 アルジェントはチッと舌を打つと、不快気に口もとをゆがめた。
 ククーシュカの中で、ますます彼が聖職者から遠ざかる。

「よし、クク。我々の任務が決まったぞ。教会に人を呼び、金を落とさせるのだ」
 すでに論点がずれている気がするが、いいアイディアとばかりのドヤ顔にククーシュカは口を挿めない。
 
 しょうがないので話を変えようと、例の頸垂帯(ストーラ)を持って来る。
「あの、これ、ぶどう酒で染め直してみました。どうでしょう」
 
 変色したうえ少々質感も変わってしまったが、自分ではいい感じのリメイクではないかと、ちらちらと期待を込めてアルジェントを見る。
 すでに修復不可能となった愛用品を、彼はもの哀しげな目で受け取った。

 
 ミサは依然不入りであったが、教会へ来る者が皆無なわけではなかった。
「ククーシュカー」 
 
 鉄製のノッカーを、いっしょうけんめい背伸びして叩く小さな影。
 ヨルンドもクロエ同様、アルジェントを怖がることなく訪ねて来る。
 
 しかし、彼の対応は相変わらず冷ややかだ。
「ここは子どもの遊び場ではない」
「ぼく、父さまに頼まれてお金持って来たんだけど」
 
 チャリンと外から貨幣のすれる音。
入りたまえ(エントリ)
 スマートにドアは開かれた。

「トリアー神父……」
 ククーシュカの呆れたまなざしも介せず、アルジェントは小さな麻袋をヨルンドから受け取る。

「わたしは子どもも女も特別扱いはしない。それに彼は、荘園主より税を託された正規の使いだ」
「税じゃないよ、それ。えーとえーと、わきの下……」
 ヨルンドが鳶色の頭をかしげる。

「袖の下か?」
「それ。父さまが、ククーシュカに例のことを頼みたいって」

(あ)
 心当たりのある反応を示したククーシュカを、アルジェントがにらんだ。

「貴様、まさか聖職者でありながら賄賂を……」
「そ、そんなことは」
「違うよ。父さまはククーシュカに、クロエとの仲を取り持ってほしいんだよ」
「クロ……あの栗毛女か」
 アルジェントは眉をひそめ、わかりやすく嫌悪感をあらわにした。
 
 ヨルンドが言うには、父であるヒュー・コンティは目下彼女にご執心らしい。
 彼は昨年つれあいを亡くし、独り身であった。

「だがお前はそれでいいのか。父親の恋路がうまくいけば、いずれあの栗毛が母親になるかもしれんのだぞ」
「そりゃあクロエはどちらかと言うとお姉さんだし、複雑だけど……父さまには父さまの人生があるもの」
 肩をすくめてヨルンドは笑う。
 
 アルジェントはふんと鼻を鳴らすが、軍資金が手に入りとりあえずご満悦らしい。
 僧服(カソック)をひるがえし、大仰にふたりをふり返った。

「まあいい、これより作戦を図る」
「作戦ですか?」
「『奪還の・聖戦(クルセイド)』だ」

「(うわあイタい)」
 こそりと囁くヨルンドへ、ククーシュカはしっと人指し指を口にあてる。

 彼は何かにつけ、儀式的で空想的な命名をするのが好きらしい。
 確かリリウムから助けてもらったときも、剣に妙な技名をつけていた気がする。

「そこ、無駄口を叩くな。まずはこの教会の売りを考えるのだ」
 考えるといっても、ククーシュカには彼こそが何を考えているのかわからなかった。
 教会はもとより、祈りを捧げる場所である。

「村人がここへ来たくなるようなオプションを作れ。教会といえどもサービス業だからな」
 その前に責任者の風貌やふるまいを変えたほうがいいと思ったが、怖いので黙っていた。

「ククよ、お前は何か特技はないのか」
「と、特技」
 アルジェントに尋ねられ、みぞおちがどきんと冷たくなる。
 無能、役立たずと罵られた過去が甦り、動悸が早まる。

「お前、修道女だろう、何かできないのか」
 彼はククーシュカの様子に気づかず続けるが、そんな畏れをヨルンドが払拭してくれた。

「ククーシュカに何をさせる気?」
「例えばだ。ミサの後、特殊な手技などで信者に癒しを施し」
「怪しいよ、何の店だよ!」
 血相を変えてヨルンドが突っ込む。

「妙なことではない。聖都では足つぼマッサージや肩もみなどで、頭痛を治す手技療法が流行っているのだ」
 ひとまず悪意のある提案ではないので、ククーシュカもほっとして考慮してみた。

「わ、わたし、特定の草を使った『薬物療法』なら」 
「ククーシュカも言い方!」
 はあと息をつき、ヨルンドはアルジェントを見上げる。

「で、トリアー神父はいったい何ができるのさ?」
「わたしか? わたしは大抵のことは何だってできる。先日もケーレスを退治したしな。まあ言わば有能な祓魔師だ」
「有能かどうかはさておき、そういうのでいいんだよ」
「需要はあるのか」
「ククーシュカに足つぼ押させるよりましだよ」
 
 ヨルンドの意見に、アルジェントは腕を組むと深くうなずいた。
「よし、了解した。ククよ、明日は村へ営業に行くぞ」
 
 かくして、悪魔退治の宣伝を記した、怪しい広告書写板が出来上がった。
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