大丈夫、浮気じゃないから。
 背後から聞こえるピンク色の声に「ええ、いますよ」と苦笑交じりに返事をしているのが聞こえている。


「あーもう、疲れた。なんで俺がこんなに働いてるんだろ」


 (わずら)わしそうなひとりごとが聞こえてくる。松隆の一人称が「僕」じゃないのを聞くのはなんだか久しぶりだった。


「先輩方、お持たせしました。……北大路先輩は?」

「……市場調査だって」

「……絶対サボリかナンパでしょ」


 松隆は売上金箱に千円札を入れ、代わりにチケットを取り出す。タピオカのミニイラストが描かれたチケットは、もう2枚しかなかった。


「死ぬほど売り上げましたね。なんなら屋台が追い付いてないでしょ」

「……さすが松隆の顔」

「顔だけ褒めるのやめません?」

「……売上金、屋台に持って行こうか」


 松隆と2人でいるのは──マズイ気がした。紘が茉莉と2人で学祭を楽しんででもいない限り。


「売上に貢献した後輩を少しはねぎらってくれてもいいんじゃないですか?」

「……なにしてほしいの」

「そうですねえ、寒いんで」松隆はきょろきょろと辺りを見回して「ぜんざいでも食べません?」

「……いいけど。売上金、なくすの怖いから、先にこっちね」


 幸いにも、サークルで出している屋台はすぐ近くにあった。グラウンドの端に陣取って、タピオカとは無関係なテニスラケットのイラストで飾られた看板の隣で、セミの恰好をした山科が「タピオカはあと2日、あと2日の命ですー」と鳴いている。


「おつかれさま。売上金持ってきた」

「あ、お疲れ様です。……さすが松隆、午前中に続いてヤバイ勢いで売ってる」

「少しは労われよ。水とかないの? あったらちょうだい」


 松隆が山科と話している隙に、きょろきょろと辺りを見回す。紘は、ここらへんに来ていないだろうか。ヴィクトリアンだけど、一応、メイド服なんだけどな。紘に見せることはないとは思ってたけど、それでも紘にも見せたかったんだけどな。でも、紘に見せるのと、紘と茉莉が一緒にいるのを見るのは同義だ。2人が一緒にいる姿は、見たくない。


「おーつかれさまー」


 その、茉莉の声がして、振り向いた。

 いつものサラサラ黒髪ロングは、今日はポニーテール。服装はいつもと同じカジュアル系。でもバッグはいつも見かける小さなバッグではなくて財布バッグ。

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