大丈夫、浮気じゃないから。
 屋台の中にいる人達が口々に話すのを、まるでテレビの中の出来事のように見ていた。

 茉莉に彼氏ができた。顔は普通だし、背も平均くらいだろうし、体だって少し細いし、ひょろりなんて印象を受ける。紘のほうが背も高いし、いわゆる細マッチョだし、顔だってハンサムだ。大学だって、うちのほうがずっといい。高校だって、茉莉の高校は知らないけれど、県内トップクラスの男子校を出ている紘のほうがいいだろう。服のセンスだって、紘のほうがいい。

 きっと、なにもかも、紘のほうがいい。もしかしたら彼女の欲目なのかもしれない。でも、少なくとも客観的なステータスは──世の女性が列挙する条件のようなものは──紘のほうが高い、はずだ。

 大体、高校生のときから仲が良いっていったって、この間の夏休みまで疎遠(そえん)にしていたかのような口ぶりだった。それなら、紘と条件は変わらない。紘だって、この間の夏合宿で茉莉と仲良くなったんだから。

 それなのに、紘は茉莉に選ばれなかった──……。その事実に、どうしてか、私が立ち尽くしてしまった。


「先輩、ぜんざいおごってください」


 呆然自失とした私を現実に引き戻すように、松隆の声と腕に体が引っ張られた。「わっ」なんて間抜けな声と一緒に蹈鞴(たたら)を踏み、後ろ向きのままどんどん連れていかれる。視界に映る茉莉と、名前も知らない茉莉の彼氏がどんどん小さくなっていく。


「先輩、財布持ってます?」

「……セリフだけ聞くとやばいね」


 畳みかけて来る声が、私の意識を揺らす。向き直って歩き出したけれど、松隆はぜんざいを探しているらしくて私を見なかった。


「……ちなみに財布は持ってません」

「なんだ」

「なんだとはなんだ」

「仕方のない先輩ですね」

「本当に私の事をなんだと」


 自分でも分かるくらいの空元気だった。

 でも、なんで私が空元気なんだろう。別に私がフラれたわけじゃないのに。……別に、紘だってフラれたかどうかなんて分からない。紘が茉莉を好きかどうかなんて、分からないんだから。なんなら、もし、紘が茉莉を好きだったとしたら、邪魔者が消えたということになる。ショックを受けるどころか、本来はその逆だ。それなのに、なぜ──。


「で、先輩、ぜんざい食べます?」


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