大丈夫、浮気じゃないから。
 ……別に、お腹が空いているわけではなかったし、甘いものを食べたい気分でもなかった。


「……松隆が食べるんなら一口ちょうだいよ」

「そのつもりで聞きました。すみません、1つください」


 いつの間にか、松隆が目当てにしていたぜんざいの屋台の前に来ていて、松隆がひとつ注文した。屋台の中で、タオルを頭に巻いた男子が「はいよー」と軽い返事をする。


「つか、カップルなら手で(・・)繋げば50円引きっすよー。どうすか?」


 ……手を繋げばではなく、手で? 妙な言葉選びに眉をひそめて──自分の手首がずっと松隆に掴まれていたことに気が付いた。


「えっ」

「先輩、手」

「え、いや、それはちょっと」


 手と手を繋ぐのは、マズイのでは──。狼狽えた私を無視して、松隆の手のひらは──軍服コスプレの手袋越しに、私の手のひらに落ちてくる。布越しの手に、ドクリと心臓が変に鼓動した。


「松隆っ」


 慌てて顔を見ても「いいでしょ。僕の50円なんだから」と知らん顔だ。


「そんな顔して守銭奴(しゅせんど)か! そうじゃなくて──」


 だったら50円は払うから。いや、そうじゃなくて。


「で、いいですか?」

「めっちゃ怪しいな思いましたけど、いいですよ。そういう売りやし」


 笑いながら私達をカップルと認めたタオル頭の男子が、ボウル型の紙皿に入ったぜんざいを差し出す。松隆は右手でそれを受け取った。


「あ、先輩、スプーン貰って」

「……松隆なんかぜんざいに溺れて息ができなくなればいい」

「なんですかそれ」


 ああ、なんだか、今日はマズイことばかりしている気がする。松隆の手から自分の手を引き抜いて、そのまま額を押さえてしまいそうになり──やめた。松隆に握られた手は後ろに隠した。


「……まあ、面食らうのは分かりますけど」


 そんな不審な挙動をとり、俯き加減に歩く私を、松隆は呆れた顔で振り返った。


「結構、意外でしたからね。富野先輩に突然彼氏ができるのは」

「……意外かな」

「意外でしょ。あの人、男に興味なさそうだし」

「……そう?」

「少なくとも僕にはそう見えました」


 ……そうだとしたら、紘が茉莉を好きなのではないかと、散々疑っていた自分はなんだったのだろう。とんだピエロじゃないか。


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