大丈夫、浮気じゃないから。
「……ただの、友達だったのかな」

「少なくとも富野先輩にとっては、です」


 おまつり広場の隅っこで、松隆は私に手を差し出した。なんだと思ったら「スプーンくださいよ」と。屋台で貰ったプラスチック製のスプーンを差し出す。松隆はスプーンでぜんざいをほぐすようにしながら「ちょっと熱そう」と呟いた。


「まあ、でもよかったんじゃないですか」

「……なにが?」

「大宮先輩がどうかは別として、富野先輩は彼氏持ちで浮気するような人じゃないでしょ」

「……浮気……」


 そうだ、そういえば、茉莉はあの彼氏と夏休みに帰省してから距離を縮めたと話していた。それなら、少なくともこの11月に入る頃には、おそらくあの彼氏のことが好きだったはずだ。それなのに、この間は紘と2人で映画に行っていた……。


「……天秤(てんびん)にかけたってことなのかな」

「富野先輩が、あの彼氏と大宮先輩とをです? さあ、どうでしょうね」松隆はぜんざいを口に運びながら「富野先輩にそのつもりはなかったんじゃないですか? あの性格ですし、富野先輩の中では大宮先輩は友達だし、生葉先輩は大宮先輩と出かけても気にしないだろうくらいにしか思っていなかったんじゃないですかね」


 ……それは、そうなのかもしれない。茉莉は、人の彼氏をとろうとするような子じゃない。それは誰もが口を揃えて保証するだろう。


「ま、大宮先輩が富野先輩をどう思っていたかは、知りませんけどね」

「……いじわる言うじゃん、松隆」

「好きだと断定しなかっただけ優しいでしょ」


 深く、息を吸って、吐いた。ほんの少し、動悸(どうき)がしていた。

 紘は、茉莉を好きだったのだろうか。私と付き合っているけれど、私とデートをするけれど、私とセックスをするけれど。今更紘に聞いても、返ってくる答えはノーに決まっているし、今となっては聞くだけ損な話だった。


「……松隆。恋ってなんだと思う」

(いと)(いと)しと言う心じゃないですかね」

「トンチやってるんじゃなくて真面目に聞いてるんだよ、私は」


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