大丈夫、浮気じゃないから。
 戀という字を分析すれば、(いと)(いと)しと言う心──都都逸(どどいつ)なんて久しぶりに思い出した。確か、中学生の頃に、塾で使っていた国語のテキストで読んだのだ。あのときは「へえ、上手くできてる」くらいにしか思わなかったけれど。


「……その愛し(・・)の意味が、肝心でしょ」


 囁くように嘆いてみたけれど、松隆は「別に、意味なんてどうでもいいんじゃないですか」と風情(ふぜい)もへったくれもない。

 女と違って、男はそんなものだろうか。愛だの恋だのに頭を抱えて悩んで時間を費やすのは女だけなのだろうか。よく聞くように、男には生殖本能があるから、相手を1人に絞ることが例外なのだろうか。烏間先輩みたいな人は珍しくて、紘は男として非常にスタンダードなのだろうか。


「……松隆がいないときに、北大路先輩と話したんだけどさ。浮気っていうことによって何を弾劾したいのかって言われちゃった」

「まあ、北大路先輩らしいといえばらしいですね」

「別に結婚してるわけでもないんだから責任もないし……。好きな相手が1人でないならば恋ではない、なんて命題はないしね」


 なんだか疲れてしまって、深い溜息を吐いた。


「それでも、大抵は1人じゃないですかね」

「なんで?」

「大抵の人間は一気に2人も好きになるほど器用じゃないし、そんな熱量もないんじゃないですか」

「……熱量ってなに」

「恋情なんて、1人に注いだら他の誰かに注ぐ力は残らないでしょ」


 そう言われると、紘が私に注いでいた恋情は1以下だったのかな。そんなことを思って笑ってしまった。


「……先輩、50円ぶん食べます?」

「……ブルジョワかと思ったらプロレタリアだった」

「分かりにくいツッコミはウケませんよ」


 差し出されたボウル型の紙皿を両手に抱えて、スプーンは使わずに汁ものを飲むように食べた。


「……甘い」

「僕が先輩にですか?」

「……ツッコミ入れる元気もないわ」


 たった200円のぜんざいのお陰で少しだけ温まった息をそっと吐きだした。


「……明日、紘と学祭まわる予定だったんだけどな」

「別にいいじゃないですか、まわれば」

「……どういう顔しようかと思って」

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