大丈夫、浮気じゃないから。
「どういう顔もなにも」松隆はぜんざいを受け取りながら鼻で笑って「サークルの友達に彼氏ができたことは、先輩達カップルには何の関係もないことじゃないですか」


 それは、そうなのだ。むしろ、楽観的になってしまえば、雨降って地固まるなんて言えそうな気さえする。


「まあ、もし先輩が大宮先輩と別れるというのならまた話は別ですが」

「……私が紘と別れる?」


 反芻(はんすう)した自分の声が、有り得ない選択を語っているように聞こえてびっくりした。確かに、紘と別れるなんて選択はできないのかもしれないと思っていたし、そう松隆に話していたけれど、いまの自分の不可解な感情をもってしてもそう思えているなんて。


「別れてフリーになった大宮先輩の動きは、別れるまでの大宮先輩の心情を推察するひとつの要素になるのでは?」

「……そんなことしたって」


 そんなことをして紘の感情や心が分かったところで意味がない、と返事をしようとして、既視感を覚えた。そういえば、この間松隆と映画を見た日の帰りにも、似たような話をした。私は、紘の浮気を突き止めて何をしたいんだろう。別れる理由を探しているわけでもないのに。


「……そんなことしたって、別れてしまったら意味がない、ですか?」


 ……軍人コスプレの薄ら笑いというのは、どうにも不気味に見える。片手に持ったぜんざいの間抜けさは、その不気味さを相殺するには足りない。


「……まるで、別れないなんてどうかしてるとでも言いたげじゃん。私と紘に別れてほしいの?」

「いえ、別に、別れてほしいというわけではないですけど」


 なんだ、そういうわけじゃないのか──。ストンとその感想が胸に落ちた。気がした。


「別れないなんてどうかしてるとは思いますよ。大宮先輩と付き合ってる理由が理解できない」

「……今日の松隆は言葉が強いなあ」


 お尻を地面につけないように気を付けながら屈みこんで、膝の上に両肘をついた。両手で自分の頭を支えるようにして、瞑目し、ほんの少し首を傾げる。


「付き合ってる理由なんて、“好き”だけじゃだめなの?」

「聞き方が間違ってました。大宮先輩のどこが好きなんですか?」


 恋人の好きなところを列挙できるのであれば、それは、同一の条件を満たす別の相手で代替可能である。そう言ったのは、誰だったか。

< 106 / 153 >

この作品をシェア

pagetop