大丈夫、浮気じゃないから。
 でも、好きな人の好きなところと、その人を好きである理由とは全く別のものだ。


「……笑ったところとか、照れ隠しをしちゃうところとか、言葉は強いくせにお人好しなところとか……、そういうところが……好きなんだよ」


 それなのに、どうして私はいま、一瞬、止まってしまったのだろう。


「……そうですか」

「……満足ですか?」

「ええ、まあ、良くも悪くも予想の範囲内でした」


 良くも悪くも──。私が紘のどこを好きだといったって、それが松隆にとって関係のないことで、良いだの悪いだの評価されることはない──はず。

 不意に、その(・・)可能性(・・・)に思い至って、体に妙な震えが走った。後輩の前だというのに、今の今まで自分のことばかりで、その(・・)可能性(・・・)を頭ごなしに、無条件に排斥(はいせき)していたことに気が付いてしまって、恥ずかしくなるとともに動揺した。手袋越しで伝わりもしなかったのに、松隆の熱が指に残っている気がした。慌てて膝の上で腕を組み、手を腕の下に隠した。

 いまのたった一言に、私と松隆の関係に小さな(ほころ)びを作られた気がした。


「……良くも悪くもって、なに?」


 口先では、その(・・)可能性(・・・)に気が付かないふりをした。


「別に、深い意味はないですよ」


 浅いも深いもない、意味があることに意味があるのに。


「まあ、次のデートでも考えておいてくださいよ」ぜんざいを食べ終えた松隆は、カランッとプラスチックのスプーンを紙皿に投げ入れて「第2の富野先輩が現れるかもしれないわけですし」


 松隆は、私を、好きではない。仲は良いけれど、懐かれている自覚はあるけれど、それでも松隆が私に向ける感情は恋ではない。松隆は彼氏がいる女に横から手を出すような男じゃない。松隆がそんな男じゃないと、知っている。

 ……なぜ、私は、そんなふうに確信していたのだろう。恋人である紘の心さえ確信することができないのに、なぜ、ただの後輩の松隆の心だけ──。少なくとも、その洗脳めいた確信で自分を守ってきたことは確かだった。


「……別にこれからだって茉莉と出かけるかもしれないじゃん」

「そういう話はしてないんですけど、別にいいですよ。その度に僕とデートしてくれても」


 その言葉が、綻びをつつく。


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