大丈夫、浮気じゃないから。
 学祭の最終日、模擬店での手伝いを終えて14時頃に控室に戻ると、控室にはティシャツ姿の松隆が1人、ぽつんと座っていた。扉の音に振り向いた松隆は「ああ、お疲れ様です」と、同じくサークルのティシャツ姿の私を見て、状況を把握する。


「先輩も、もう仕事は終わりですか」

「……うん。これから紘と適当に見て回る」

「まさかここで待ち合わせてます?」


 だったら出ていきますけど、と言いそうな声だったので「いや、外。正門の前だよ」と慌てて付け加えた。


「ティシャツだから、着替えようと思って」

「着替えるなら出ましょうか?」

「ううん、トイレ行くから大丈夫」


 奇妙な沈黙が落ちた。松隆は無言でスマホを見て時間を潰している。


「……松隆、こんなところでなにしてるの」

「人に酔ったので、避難ですよ」

「……忙しそうだったもんね」

「お陰様で」


 再び、沈黙が落ちる。松隆はスマホから顔を上げた。


「先輩、僕になにか用事ですか?」


 着替えもしないのに、なんでいつまでもこんなところにいるんですか? そう言われた気がして、慌てて着替えを手に取った。その様子を、松隆はじっと眺める。


「……僕、先輩に何か言いましたっけ?」


 なんのこと? そう惚けたかったけれど、(とぼ)けるには松隆との距離が近すぎた。


「……ちょっと疲れただけ」

「……まあ、最終日ですしね。お疲れ様でした」


 まるで私を送り出そうとするようなあいさつの意味を、やはり考えてしまう。

 でも紘との待ち合わせまで時間はない。松隆に背を向け、控室を出た。

 待ち合わせ場所へ行くと、人がごった返す中に紘はいた。紘はサークルのティシャツ・スウェットではなく、いつもどおりの私服を着ていた。あの日の茉莉とのデート服とは違って、お気に入りの服ではなかった。


「ごめん、お待たせ」

「いや全然。午前中の模擬店、どうだった?」

「相変わらず盛況だった」


 何事もないかのように振舞うけれど、紘は紘で、懸案事項がある。浩は、茉莉に彼氏ができたことを知っているのだろうか。

 切り出すことはできなかったけれど、少なくとも紘はいつもどおりだった。ライブを聞いていても、古本市を物色していても、展示を見ていても、その横顔や態度に変化はない。


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