大丈夫、浮気じゃないから。
 外は初秋の夜らしい冷たい空気で冷え切っていた。そういえば、今日は10月なのに2月並みの寒さだとニュースで言っていたっけ。松隆は秋用のトレンチコートを羽織っていて、スタイルの良さのお陰でそれだけで絵になる。つくづくお得な見た目だと思うけれど、本人は損をしているというのだから、不思議なものだ。


「うわー、さむ。寒い、酔いが覚める」

「覚めたら大宮先輩に電話できないですよ」

「そうだね、覚める前に帰ろっと」

「送りますよ」

「いーよ、逆方向だし」

「そんな足取りの人、放って帰れるわけないでしょう」


 足元が少しふらつく。こんなに飲んだのは初めてかもしれない。松隆が「そのヒールでふらふら歩くのやめてくれません? 怖いんですけど」と言うから、もしかしたら今の私は千鳥足なのかもしれない。


「先輩、なんで大宮先輩のこと好きなんですか」

「えー、なんでだろ。分からないけど、紘を逃したら、私と付き合ってくれる人、いなさそーじゃない?」

「なんですかその自虐……」

「いやー、松隆はね、イケメン様だから分からないかもしれないですけどね、私みたいな平々凡々な顔だと、自信なんて中々持てないわけですよ」


 ははは、と渇いた笑い声が零れた。


「今まで彼氏がいたことなく、告白されたことももちろんなく。……紘が初めてなの、私と付き合ってくれたのは」

「ふーん」

「……興味ないなら聞かないでよ」

「いえ、思いのほかつまらない惚気話だったもので」

「あーあ、先輩にそんなこと言うなんて、本当に生意気! でも可愛い! 実はちょっと頭撫でたいってずっと思ってた! 撫でてもいい?」

「イヤです。……イヤですってば」手を伸ばしたけれど易々と掴まれてしまったし、そもそも20センチ近い身長差では松隆の頭に手が届くはずもなく「はいどーどー、大人しくしてくださいね」

「本当に私のこと馬鹿にしてるでしょ」

「まあ、半分くらい」

「もう半分は敬ってるのかな」

「憐れんでますかね」

「それは全部馬鹿にしてるって言うんだ!」


 いまは松隆とこんな馬鹿な遣り取りをしてるけど、帰ったら紘に電話をするんだ、酔っぱらっちゃったー、なんて馬鹿な女を演じながら。少しでもいいから、たまには砂を吐きたくなるくらい甘ったるい彼氏彼女になってみるんだ。

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