大丈夫、浮気じゃないから。
「こう言っちゃなんだけど、よく茉莉を落としたなって感じだった。全然、もっといい男いるだろうになーって感じ」

「アイツ、そういうところあるよなー。スペック高いのに、安全圏で妥協するっていうか。能力が8だとしたら6しか必要ないところで100%の成果を出したがるっていうか」


 食いつきは見せないけど……、けど、饒舌(じょうぜつ)にそういう話をするところに、彼氏への対抗心みたいなものを感じてしまって。


「茉莉に彼氏ができて、残念だったね」


 思わず、溜息交じりにそのセリフがついて出た。

 しまった、なんて思わなかった。紘が「残念?」とキョトンとした顔で(とぼ)ける。次いで首を捻って。


「いや、別にいーよ、富野に彼氏ができても」

「……そう」

「男友達だったらさあ、彼女できた途端に遊ばなくなるヤツとかいるけど。つか遠距離なら基本関係ないし」


 これまで通り、大学で一番近くにいるのは自分だから?

「……え、マジでどうした?」


 好きと付き合いたいは別? 茉莉は高嶺(たかね)の花?

「……いや、別に……」

「…………」


 もしかして2人で映画に行ったの気にしてる? なんてことは、紘は言わない。紘は、軽率に自白なんかしない。

 私は結局、紘と茉莉が2人で映画に行ったことを(とが)めるどころか、知らないふりをした。紘も、八城九シリーズの続きがどうかなんて、口にはしなかった。


「……そりゃ、富野と仲は良いけど、ちゃんと好きなのは生葉だよ」


 あやすように、紘の右手が私の左手をとる。大学の友達に見られそうなところでは手を繋ぎたがらないのに、こんなにも模擬店が連なって、サークルの友達から学部の友達、先輩、誰に見られてもおかしくない場所で、まるで私の不安を払拭(ふっしょく)しようとするように──ともすれば誤魔化そうとするように──手を繋ぐ。目を合わせようとしない私に、真摯(しんし)に向き合おうとするように、頭を()でる。


「大丈夫、浮気じゃないから」


 そのセリフは、()しくも、あの日の松隆が私にかけたものと同じだった。

< 113 / 153 >

この作品をシェア

pagetop