大丈夫、浮気じゃないから。
 シーツの上で、ブーッとスマホが心細そうに振動した。拾い上げると、紘から「なんだ、残念。。」と来ていたから既読だけつけてスリープしたけれど、また振動して「3次会行ってくる」なんてメッセージがきていた。


「……うるさ」


 そのメッセージに既読をつけて、そのまま通知オフのボタンを押した。

 これでもう、紘からのメッセージに顔を上げなくて済む。

 枕に顔を埋めたまま、眉間に皺を寄せた。頭の中で、この2日間の光景がぐるぐると回っている。

 「私、前の彼氏に浮気されたんですよね」「大宮さんと彼女さんは、そういうことなくて円満そうでうらやまいしなって」と溜息をつくJDちゃん。「数日前から付き合ってる彼氏でございます」「できる男だよね、大宮くん」とはにかんだ茉莉。

 「大丈夫、浮気じゃないから」──そう宣誓(せんせい)する、紘。

 「心配しなくても、僕は大宮先輩から生葉先輩を奪おうなんて考えてませんよ?」なんて(うそぶ)く松隆。

 記憶にこびりついた表情と声は、真実なんて教えてくれない。

 ……「空木は、浮気って言うことによって何を言いたいの?」と(いぶか)しんだ北大路先輩。

 私は、浮気だと断言することにより、何を弾劾(だんがい)したかったのだろう。



(3)

「裁判離婚事由の1号、不貞(ふてい)行為、これをたとえばどう立証するかというと、どうです? ……現場を押さえる、なるほど、それはもちろん不貞行為そのものの証拠を得ることが可能となりますが、現実はそうはいかないわけです。多くの場合は、アパート、マンション、または俗にいうラブホに入る瞬間を写真で撮影する、そしてこれを証拠として──」


 鐘が鳴った後も、教授は暫く講義を続けた。頬杖をつき、まばらにメモを書き込んだレジュメを見下ろす。拍子に、レジュメの横に置いていたスマホがスリープから復帰した。松隆から「『Good bye my...』、昨日烏間先輩から受け取りました」というLINEが来ていた。メッセージを開いて「よかった、最近サークル行ってないから」「面白かったよ、ありがと」と素っ気ない返事をした。トーク画面を開くと、紘から「今日サークルなくなった」「家行っていい?」と2件のメッセージが入っていたけれど、既読はつけずにおいた。


「では今日はここまで」

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