大丈夫、浮気じゃないから。
「あー、長かったー。これ5限あったら最悪やわ」


 教授の声を合図に、隣のみどりが机の上に突っ伏すようにして体を伸ばす。拍子に、肩から背中に羽織っているマフラーがずれた。


「生葉ちゃん、今日テニスは?」

「んー、今日はいいかなあ」

「行かへんの」

「寒いからっていうのと、|冬期講習(バイト)とで、なかなかね」


 椅子の上に丸めていたコートに(そで)を通す。臙脂のダッフルコートは重たく、1日分の講義に疲れた体にずしりと圧し掛かる。


「みどりは? 行かないの?」

「あたしも|冬期講習(バイト)。今のうちに入らんと、年末入りたくないねんな」


 2人でそんな話をしながら講義棟を出ると、冷たい木枯らしが頬を叩いた。2人でマフラーを口の当たりまで引き上げ「さむ、さむっ」「はよかえろ」「帰るというか駅」「それはそうやわ」とぼやいていると「おーい」とジャージの2人組に手を振られた。烏間先輩と喜多山先輩だった。


「あー……お疲れ様です」

「みどりちゃん、おつかれさまー」

「おつかれ。空木、最近見ないなあ」


 一緒に歩き出せば、喜多山先輩はみどり、烏間先輩は私。推しメンと仲の良さとから自然に別れてしまう組み合わせだった。ただ推しメンは一方的なのでみどりは苦笑いだけれど、仕方がない。


「バイトが忙しくて。そういえば、松隆に本返してもらってありがとうございます」

「いーえ。でも先輩パシるのなんてお前くらいだぞ。……松隆となんかあった?」


 なにかあったと確信しているように、烏間先輩は声のトーンを落とす。


「……いや、何もないんですけど……」

「あ、そう? 松隆もなんもないって言ってたけど、最近お前らが絡んでるの見ないから」

「まあ、サークル行かないと会わないですよね」

「12月はずっとバイト?」

(おおむ)ねそうですね……塾も掻き入れ時ですし、私も稼ぎ時です」

「12月は出費多いもんな。クリスマスに忘年会に帰省。キツイなあ」

「……烏間先輩は彼女さんに何あげるんです?」

「まだ決めてない。つか一緒に買いに行くことにしてる。そういう空木は、大宮になにあげんの?」

「……考え中です」


 本当は、クリスマスがひとつの区切りになるかと思っていたけれど、なかなか踏ん切りはつかないままだった。


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