大丈夫、浮気じゃないから。
「……紘」

「んー?」

「……私、松隆と仲良すぎかな」


 隣にいる紘の空気に、変わった様子はなかった。ただ、会話をするための必要最小限の回路だけを回し始めたような、そんな気配の変わり方をした。


「まあ、仲良いなとは思うけど」

「……けど?」

「……別に、そんだけじゃん」


 隣から、肩に半分のしかかるようにして抱きしめられる。


「生葉が俺を好きなのくらい分かってるから」


 ……分かっているというのなら、なぜ、あの日の紘は、私と松隆の仲が良すぎると(とが)めたのだろう。私の紘への気持ちを疑っていないのであれば、私と松隆の仲が良すぎたからといって、紘が心配することはなにもない。そしてなぜ、いまはそれを咎めなかったのだろう。

 私の気持ちが分かっているというのなら、分かったのは、一体いつからだったのか。紘は私の気持ちを疑ったことがなかったのだろうか。付き合ってからずっと、紘は私の恋情の向く先を確信し続けていたのだろうか。

 確信し続けることが、できていたのだろうか。


「……紘、髪乾かしなよ」

「……あとで」


 唇が、触れた。

 でもそのキスには、奇妙な違和感があった。紘とキスなんて数えきれないほどしてきたはずなのに、まるで別人とキスしているような、そんな違和感。その違和感に思わず表情を変えてしまったけれど、キスの瞬間にお互いに目を閉じる慣行が幸いした。


「……今日生理」


 ゆっくりと身体を押し返す。


「そんな時期だっけ」

「ちょっとズレたっぽい」

「キスくらい、いいじゃん」

「したくなったら困るから」


 したくなったら、困る。だってさっき感じた違和感の正体は──……。


「ちぇっ」


 拗ねたように起き上がった紘がドライヤーを手に取る。その体の向こう側にあるスマホにもう一度視線を向ける。

『ちゃんと愛されてるって分かってよかったじゃーん』

 沙那の松隆へのお気に入り具合は、どの程度だろう。

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