大丈夫、浮気じゃないから。
 酔っているのが分かる、ほんのりと赤い顔。でも顔つきとは裏腹に、その声は静かで、アルコールに理性まで侵食されていないことは明白だった。


「そうですね。すみません」


 松隆は肩を(すく)めただけ。そういえば松隆はシラフだった。


「先輩困らすなよ」


 その松隆の肩を軽く叩いて促しながら「ほら、空木も。用事ないなら中入れよ」と顎で座敷を示す。松隆はすぐに廊下から消えた。


「……すみ、ません……」

「……あのさぁ、空木」


 その様子をうかがった後、烏間先輩は──打って変わって申し訳なさそうな顔になった。


「……多分、俺も(・・)やりすぎた(・・・・・)。ごめん」


 一体、なんの話をしているのか。呆然と先輩を見つめながら「……まさか」と小さな声が零れた。


「……まさか、先輩が、沙那と……」

「いや、俺は津川とは関係ないよ」含みのある言い方を問いただす前に「関係ないけど。……ま、ちょっと手を出し過ぎたなと思って」


 烏間先輩は、誰のなにをどこまで見ていたのだろう。


「……その罪滅ぼしってわけじゃないけど」烏間先輩はぐしゃぐしゃとその真っ黒い髪を掻き混ぜて「もし、サークルでお前()に何か言うヤツがいたら、そんなヤツは俺が黙らせてやる。俺が守ってやるから……、まあ、恋愛なんて、個人の自由なんだから。他人がとやかく言うことじゃない。好きにやれよ」


 烏間先輩は、私と松隆のなにに気付いて……、なにを知っているのか。


「……先輩」

「うん?」

「……お願いがあるんですけど」


 そんなことよりも、私自身が知らなければならないことがあった。





(3)

 23時過ぎ、年内最後の飲み会の熱気に包まれた軍団が、年末の冷たい風などものともせずに練り歩く。その中に静かに紛れ込んでいた私の背後から「ゆーきはぁー!」と酔っぱらった沙那がやってきて、肩を組んだ。上機嫌の沙那は、私がシラフであることなど気にも留めていないようだった。


「ゆきは、クリスマス、バッグ貰ったんでしょ?」

「ああ、うん。紘から聞いた?」

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