大丈夫、浮気じゃないから。
「聞いたよおー。でもって、茉莉にあげたのもバッグでしょ?」自分がリサーチに手を貸したくせに、沙那は白々しく「それって、生葉(かのじょ)茉莉(ともだち)の扱いが同じってことじゃん? 茉莉のこと大好きかよって。さすがに有り得ないでしょ」


 きっと沙那は、いま喋ったことを、明日には覚えていないだろう。


「まあ。でも、紘は私に嫉妬してほしかっただけなんじゃない」

「茉莉と仲良くして? そおかなあ、誕プレにバッグってことは、本気になったんじゃない?」


 でも、さすがの沙那も、きれいに口を滑らせることまではないから、言質(げんち)をとるにしても、このくらいが限界だろう。


「さあ、どうだろう」

「てか、さあ、生葉、そろそろ松隆くんと寝た?」


 沙那が、酔っぱらってくれていてよかった。そうでなければ、私の肩が震えたことに敏感に反応しただろう。


「まさか。紘と付き合ってるのに」

「別にいーじゃん、大学生のカップルなんてそんなもんでしょ」


 私がそんな風に割り切れないと、沙那は分かっていたはずだ。


「でも、松隆くんはさあ、絶対手早いのに、全然手出してこないよね。マジ、松隆くんが酒飲まないの、もったいないなー。お互い酒飲めばどうにかなると思うんだけどな」


 肩からするりと離れた腕を、視線だけで追う。上機嫌の沙那は、そのまま茉莉のところへ行った。茉莉の隣に、紘はいなかった。紘は、武田をはじめとした男友達の中に紛れていた。


「空木ィー、3次会行こうぜ、3次会」


 今度は喜多山先輩だった。ドン、なんて衝撃がきそうなほど強い力で肩を組むあたり、本当に悪い意味で女子と思っていないのが分かる。


「いや、もう疲れたんで……」

「年末だぞ! 先輩の顔も見納めだぞ!」

「喜多山先輩の顔はイヤってほど見ましたよ」

「お前は本当にそういうとこがさあ、可愛くないんだよなあ」声を上げて笑いながら「でもお前は後輩としてめちゃくちゃ可愛いからな。院試終わったら顔出すから、飲みに行こうぜ」

「……そうですね」


 喜多山先輩が離れた後、烏間先輩の姿を探した。少し離れたところで、松隆と話している。松隆が隣にいるなら、近づけない。

 仕方ない、このまま帰ろう──諦めて、するりと軍団の中を抜けたとき。


「生葉」


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