大丈夫、浮気じゃないから。
 誰よりも早く、紘に見つかった。振り返って目を合わせると、紘はちょっと視線を泳がせた。他のみんなは、私達が列からはぐれたことに気が付かず、帰宅するなり3次会に行くなり、とにかく先に進んでいた。


「……3次会行かねーの?」

「……うん。眠いし、疲れちゃったし」

「……家行っていい?」

「…………」


 無言の理由を、紘はなんだと思っただろう。

 月明かりとほんの少しの街灯に照らされた道に、私達2人だけが取り残されている。喧噪(けんそう)は徐々に離れていき、沈黙の時間が静寂に呑まれ始める。


「……だめ?」


 甘えるような、遠慮がちな声だった。


「……紘」

「……なに?」


 それでも、私が名前を呼べば、その声は精一杯優しいものに変わった。いつもそうだ。紘は優しい。知っていた。紘は、口先のわりに優しい。ぶっきらぼうだけれど、本当は優しい。……でも、それと同じくらい、弱い。

 中学生のとき、サッカー部でレギュラー落ちした。大学受験に一度失敗した。中高男子校だったというのもあるけれど、そもそも女子にモテたことなんてないし、当然、私と付き合うまで彼女ができたことはなかった。いわく、それが紘のコンプレックスだった。そして、それが私の知っている紘の弱さだった。

 その弱さを見下したことなんてなかったし、それどころか、ついこの間まで、それを弱さだと感じたこともなかった。だからこそ、そんな過去を歩んできた紘にとって、私や松隆がどう見えるか、私は考えたことがなかった。


「……沙那から、私と松隆が仲良すぎるって言われた?」


 6月、烏間先輩が冗談交じりに言っていた──松隆が私を推しメンだと言っているなんて、紘には聞かせられないと。松隆みたいな後輩が自分の彼女をお気に入りだなんて、不安になるだろうからと。


「えー……。……言われたっけな……」


 曖昧な答えは、なんの裏付けにもならない。


「じゃあ、沙那に、私を試してみようって言われた?」


 紘の顔色が、ほんの少しだけ変わる。


「茉莉と仲良くして、私がどう思うか。試したらいいんじゃないって」


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