大丈夫、浮気じゃないから。
 沙那に対する怒りなんてもう湧かない。彼女は「今日もいい天気」と同じ感覚で「生葉が松隆くんと遊んでた、浮気だー!」なんてSNSに呟いてしまう人だと知ってるから、極力関わらないのが最善にして唯一の対策だと分かってる。

 だから、沙那がその噂の発信源とならなかったことは災害を回避したようなもので……、ありがたいといえばありがたいけれど、なぜか欠片も紘に対する感謝の心が湧いてこなかった。

 それは、彼氏としての気遣いをしてやった、という意味なんでしょうか。なんでそもそも沙那と紘が一緒にいたんでしょう。私が紘に、女の子と2人で出かけるときは一言断わってくださいとお願いしたのはなんだったんでしょう。私はそれを沙那にバラされ、酒の(さかな)にされ、それで終わりですか。それを松隆に愚痴ったら、男相手に危ないときましたか。紘は女の子と2人で出かけるのに、私は男の子と2人で出かけてはいけないんですか。


「つか、今までずっと黙ってたけど……最初も言ったとおり、やっぱ、松隆と仲良すぎるんじゃねーの。学食でも飯一緒に食ってるの見かけるし、飲めないくせに飲みに行くし」


 学食でお互い一人でいる先輩と後輩が顔を合わせて、一緒にご飯も食べないって、感じが悪くないですか。飲めないのに飲みに行くのは、それこそアルコールなんて理性を緩めてくれそうな薬品に頼らないとストレスが溜まって仕方がないからなんですけど、それは許されないんですか。

 紘は私が「女の子と2人で行くときは」とお願いしても一言断わりを入れることさえしてくれないけれど、私が「松隆と飲んでくる」と断わりを入れる度に苦々しく思っていた紘のほうが我慢をしていたんでしょうか。“彼女の我儘に付き合わされていた彼氏”だったんでしょうか。

 まるで問題でも解いているように、次々と疑問が湧き上がり、私の中で渦巻く。紘はちょっとだけ呆れたような、不機嫌なような、拗ねたような横顔をみせていた。


「……ごめん」

「……別に怒ってるわけじゃないからいいけどさ」


 今更、嫉妬ですか。私がどれだけ言っても沙那と出かけるのをやめなかった紘は、私が松隆と出かけることに嫉妬するんですか。


「今後は、気を付けます……」


 そんな文句は嫌というほど心の中で吐けるのに、そのうちの一つでさえ、口に出すことはできなかった。





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