大丈夫、浮気じゃないから。
 家を出ようとしたとき、烏間先輩からLINEが入っていたことに気が付いた。昨晩頼んだことに対する返事だった。用件だけ書いてあって「詳細は年明けかな。よいお年を」と締めくくってあった。

 松隆の家へ行き、玄関前で立ち止まった。どんなに脳で考えても体は正直なもので、玄関前に来てから動悸(どうき)がし始めている。手を握りしめて、必死に落ち着きを取り戻そうとして、深呼吸をする。

 おそるおそる、インターフォンを鳴らした。出てきた松隆は、シャツにカーディガンを羽織り、黒いスキニーをはいていた。12時間ぶりに会ったけれど「どーも、すみません来てもらって」とやはりいつもどおりだった。お陰で……、ほんの少し、動悸が収まった。


「……いや。そのほうが、都合よかったし」

「そうです?」部屋に上がりながら「お昼食べました?」

「うん、まあ。食パンを一枚ほど」

「それで足ります?」

「まあ。松隆は?」

「まだなんですけど、朝が遅かったんでお腹が空いてなくて」


 松隆の恰好から予想がつくとおり、部屋の中は暖かかった。部屋の真ん中にある机は、前回来たときはただの机だったのに、いまはこたつになっている。その上には飲みかけの紅茶が入ったマグカップが鎮座していて、さっきまでそこにいたことが容易に想像できた。


「紅茶淹れましょうか?」

「ありがと」


 松隆がキッチンに引っ込んだ。紘に貰ったバッグをソファの傍に置くと、記憶よりもソファが低いことに気がついた。どうやらこたつとソファを両立させるために、冬の間はソファの足を取り外しているらしい。お陰でソファというよりは横に長い座椅子のようだった。

 こういうさり気ないところが、なんかオシャレなんだよな。そんなことを考えながら無遠慮にソファに座り、膝から下だけこたつに入れた。じんわりと、熱がのぼってくる。


「我が物顔ですね」


 キッチンから顔を覗かせた松隆が笑っていた。


「後輩の家だし」


 そう、ただの後輩の家だ。自分に言い聞かせるように、松隆のポジションを確認した。


「パワハラ気質ですか、もしかして」その手には紅茶の缶が2つあって「どっち飲みます? セイロンとアールグレイ」

「……どっちも分からん」

「アールグレイのほうが香りが強いです。コーヒー派でしたっけ?」

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