大丈夫、浮気じゃないから。
「……ううん、紅茶でいい。アールグレイで頼んだ」

「はいはい」


 スマホを取り出したけれど、ロック画面に通知の表示はなかった。でも紘からのLINEは学祭以来ずっと通知をオフにしているからロック画面じゃ気付きようがない、そう思い出してLINEを開いたけれど、やっぱり紘からの連絡はなかった。

 戻ってきた松隆から「どうぞ」「ありがと」と紅茶を受け取る。沈黙が落ちた。お茶でも飲まないかと電話をかけてきたくせに、松隆は用件はないのだろうか。

 ……違うか。私がなにかを話したいはずだと思って、連絡を寄越したのか。どうせお見通しなんだろうと思うと、昨日の夜のように笑えてきた。


「……昨日、忘年会の帰り、無事に紘と別れたよ」


 隣の松隆が驚いた気配はなかった。まるで淡々と、仕事の報告を受けているかのような態度だった。


「最終的な理由は?」

「……話すと長くなるんだけど」


 でも確かに、松隆は私から仕事を引き受けてくれていたわけだし、松隆にとっては仕事の報告で間違いないのかもしれない。


「……もし、私にとっての松隆が、実は紘にとっての茉莉だったら?」

「……どういう意味ですか? そうなるように、協力してくれって言いませんでしたっけ」

「うん、そう言った。でもそうじゃなくて。もっと分かりやすく言えば、紘は私と同じことをしていたんじゃないかって」


 松隆の顔は「は?」なんて聞こえてきそうなものに変わった。次いで、馬鹿にしたように鼻で笑う。


「……そうだとしたら、大宮先輩はクソダサいですよ」


 恋人の恋情が自分に向けられていると確かめる方法には、なにがあるだろう。少なくとも真っ先に思い浮かぶ、かつ簡便な方法といえば「異性との関係に嫉妬しないか確かめる」だ。

 きっかけが何だったのかは分からない。松隆が迂闊(うかつ)にも推しメンを「空木先輩ですかね」と口走ってしまったことかもしれない。私からの呼び方が「松隆くん」から「松隆」に変わったことかもしれない。松隆からの呼び方が「空木先輩」から「生葉先輩」に代わったことかもしれない。私が「松隆とご飯食べてくる」と報告した回数が増えたことかもしれない。結びつけようとすれば、きっかけなどいくらでも思いつく。


「なんでそうだと思ったんです?」

< 141 / 153 >

この作品をシェア

pagetop