大丈夫、浮気じゃないから。
「だよね。『本気になった』とは言わない」

「つまり、当初の大宮先輩は富野先輩に下心がなかったと確信できる何かが、津川先輩にはあるのかもしれない。その何かが、津川先輩自身が大宮先輩を(そそのか)したという事実」

「……正解」


 わざとらしく人差し指を立ててみせた。こうでもしておどけていないと、(みじ)めで泣いてしまいそうだった。


「それ、大宮先輩に言ったんです?」

「言ったよ、言っちゃった。沙那に唆されたんじゃないかって」

「大宮先輩の反応は?」

「……黒だったと思う」

「思うとは?」

「顔色は変わったように見えたけど、何も言わなかったから」


 ソファの背に、倒れ込むように(もた)れた。邪魔になったマグカップをこたつの上に置く。


「彼女にあらぬ疑いをかけられたショックで顔色が変わった可能性も、考えられなくはないでしょ」


 ストーリーは、いくらでも作ることができる。自分が知っている範囲の事実と矛盾しないストーリーなんていくらでも思いつく。そのストーリーが真実だと言うためには証拠が必要だ。誰かの主観で創作できるようなものではない、動かざる証拠が。

 その意味では、いまの話は、このままでは全て私の想像か妄想で、作り話だった。紘と沙那の言動には、怪しい部分がいくつもある。でも、その怪しさを「黒だ」と言い切る証拠はどこにもない。紘のスマホを見れば、その証拠を手に入れることはできたのかもしれないけれど……そこまでする必要性は思い浮かばなかった。

 その代わり、別の方法で証拠を得ることにした。


「ただ、その可能性は烏間先輩に排除してもらっちゃった」

「烏間先輩に?」

「烏間先輩に頼んだの。その点、沙那に聞いてみてくださいって」

「……それはそれは、津川先輩も災難ですね」


 烏間先輩自身、沙那が紘にキスした瞬間を見てしまっていたらしい。座敷から出た私と、それを追いかけた松隆を、暫くして追ってきたのはそのせいだった。だから3次会に行く前、つまり私と紘が別れ話をしている裏側で、烏間先輩には沙那にお(きゅう)()えてもらった。

 今朝、烏間先輩から届いたLINEメッセージを開いて松隆に見せる。

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