大丈夫、浮気じゃないから。
 それでも、気付いたときには、この気持ちは冷めてしまっているのだろう。徐々に冷えていくはずなのに、気付いたら冷え切ってしまっていた、そんなふうに、この気持ちは終わるはずだ。急速に冷やす必要などない。自然に冷えるまでは両手に抱えておいて、いつか冷え切っていることに気付いたら手放す。それでいい。


「まあ、大宮先輩が津川先輩の(わな)(はま)っていたと分かったところで」

「うん」

「生葉先輩はなんでうちに来たんですか?」

「え? なんでって……」

「昨日キスした後輩の部屋に1人で来るとか、馬鹿なんですか?」


 ブッ、と紅茶を吹きそうになった。ゲホゲホと咳き込む間、松隆の視線を感じたけれど顔を向けることはできなかった。しかも玄関前で抑えたはずの動悸(どうき)が再来した。


「いや……、あのね? 私もそれは気にしてたけどね?」

「さすがに家には来ないだろうと思って外を提案したんですけど、まさか先輩から部屋を提案されるとは思わず、正直、電話をしながら呆れていました」

「…………いや、あのね?」


 コンッとマグカップをこたつ机に置いた。きちっと両膝を揃えて、松隆に向き直る。松隆はひじ掛けに肘をつき、セリフのとおり呆れた顔つきをして、横柄な態度で私を見ていた。


「そのことは、もちろん、脳裏(のうり)をよぎりましたよ。でもね?」

「さすがに襲いはしないだろうと思ってましたか。しないので安心していいですけど」

「話を聞いて!」


 顔が熱くなり、真っ赤になったのが分かった。心臓がうるさかった。多分松隆にも聞こえている。……余計に恥ずかしくなって顔の熱が上がってきた。


「……約束の範囲じゃん?」

「ああ、まあ。津川先輩が大宮先輩とキスしてたんで、大宮先輩が浮気じゃないと言ったときのために先輩は僕とキ──」

「その範囲内でした出来事だから、2回も3回もする必要がないわけだから、松隆はもうしないだろうと!」松隆の口からその事実を言われないように早口で(まく)し立てて「そう、私は信頼してきたわけですよ!」

「はあ、信頼」


 なにそれおいしいんですか? とでも聞こえてきそうだった。


「じゃあ、津川先輩の思惑と大宮先輩の思惑と、そこに生葉先輩の思惑が加わったところで、もうひとつの思惑の話でもします?」

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