大丈夫、浮気じゃないから。
 当初ならまだしも、さっきまでそんな嘘を吐く理由はない。

 混乱している私とは裏腹に、落ち着き払った松隆は紅茶を飲みながら「ええ、それは別にどうでもいいです」と首肯(しゅこう)する。ということは、紘から私を奪わないことと、私に松隆を好きにさせることは両立する。……両立するということは? どういうことだ?

「一体どういう……」

「だって、生葉先輩を大宮先輩からとったって、意味(・・)がない(・・・)でしょう。ただ流されたとかではなく、僕を好きになってもらわないと」


 ……なに? 松隆のセリフを矛盾なく整理しようとして……、思考回路が迷子になった。とるだけだと意味がないってなんだ。


「同じ理由で、生葉先輩と大宮先輩がただ別れても意味がありません。だから僕は別に、生葉先輩を大宮先輩から奪おうなんて考えてないし、別れればそれでいいとも思ってない」


 思考回路はまだ迷子だ。なんならもうすぐショートする。


「分かりません? 順序とか因果の問題ですよ。生葉先輩が僕を好きになった、その結果として大宮先輩と別れる。そうして初めて、意味があるんです」


 ……私と付き合うという結果は必要ない? ただ私が松隆を好きになる状況が欲しかっただけ? これはいわゆる、(もてあそ)ばれるというヤツだろうか?

「……松隆。先輩で遊ぶのもいい加減にしなさい」

「遊んでませんよ、ちゃんと本気です」

「本気で(さく)(ろう)したとかそういうことを言うんじゃないでしょうね」

「違いますよ。本気で先輩が好きですって言ってるんですよ」


 …………なに?

 まただ。また、言葉が理解できずに脳がフリーズした。唖然とするあまり、時間が止まった気さえした。

 松隆はただ、隣に座って、いつものように柔らかく微笑んでいる。……何かの冗談だ。冗談に違いない。そうでなければ、好きの意味が違う。そうだ、きっとそうに違いない。


「好きですよ、先輩」


 それなのに、違うといわんばかりに繰り返されて、開いた口が、(ふさ)がらなかった。

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