大丈夫、浮気じゃないから。
「空木、松隆見てない?」


 一試合終えた私にそう声をかけたのは烏間《からすま》先輩だった。

 烏間先輩は、まさしく名前のとおり烏《からす》のように真っ黒な髪で、そしてその腹の中もブラックホール。腹黒いとは少し違うけれど、爽やかな笑みの裏でどこまで計算してるか分からない、そんな人種だ。つまり松隆と同種。

 しかも、その美貌までもが松隆と並ぶ。松隆のように唖然とするほどではないけれど、10人が10人「イケメン」と言うレベルの整った顔だ。我がサークルでは松隆と烏間先輩が美形の双璧である。

 それはさておき、松隆を探しているといわれても、コートにいないなら私は知らない。コートを離れながら「見てませんけど……」と返せば「ああ、やっぱり? 今週見かけてないんだよな」ラケットを脇に挟んで、烏間先輩はしかめっ面をしてみせる。長い前髪が風に煽られてふわりと揺れた。


「そういえば今週は見かけませんね。松隆って他のサークル入ってましたっけ?」


 来月末に学祭があるので、サークルを掛け持ちしていると別のサークルの準備に駆り出されることは多々ある。


「いや、入ってないはず。体調崩してんのかなぁ」

「なんで体調? 風邪なんか引いてましたっけ」


 ピンポイントだなと眉を吊り上げると「日曜、たこぱの約束してたんだけど、風邪引いたって来なかったんだよ。そのままこじらせたのかなと」。


「連絡つかないんですか?」

「ん、いや連絡はしてない」


 そこまでの興味はないとでも付け加えそうな口調だった。烏間先輩と松隆は仲が良いけど (美形の類友なのかもしれない)、男同士の仲なんてその程度のドライなものなのだろう。


「してあげてくださいよ……。松隆、一人暮らしですし、風邪こじらせて死んでてもおかしくないですよ」

「俺に責任はないからセーフ」

「そういう問題じゃないでしょ。連絡してみますか」


 更衣室にスマホを取りに行き、戻ってきながら松隆とのLINEを開く。LINEメッセージのやり取りは「おやすみ!」「おやすみなさい」で終わっていた。


「なに? 大宮から松隆に乗り換えたの?」

「そんなわけないじゃないですか」


 画面を覗き込んだ烏間先輩が楽しそうな声で茶々を入れる。でも確かに、おやすみを言い合うなんて彼氏と彼女のようなやり取りだ。


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