大丈夫、浮気じゃないから。
 ……烏間先輩がすべてを知っていたとなると話は別だ。烏間先輩と松隆がぐるだったとまでは言わないまでも、松隆の真意を知りながら試そうとしたのだとすると……。


「だから言われましたよ、3次会の前。『お前、空木の前で幼馴染は女ってことにして空木の反応見たかったんだろ』って」

「あの腹黒カラス……!」


 私と松隆、まんまと2人揃って遊ばれていたようだ。全てを知っている先輩というのは、なんとも(たち)が悪い。


「……じゃあ……えっと、つまり……?」

「要約すると、こういうことです」松隆は笑みを浮かべたまま「僕は先輩を好きになりましたけど、先輩にはすでに大宮先輩(カレシ)がいたので大人しくしておくことにしました。でも上手くいってなさそうだったので、先輩が僕を好きになればいいなと思って、あの手この手で近づくことにしました。無事、先輩は僕の口車に乗って、ここまで距離を縮めてくれたわけです」

「……つまり今までのは嘘?」

「僕はなにひとつ、嘘は吐いてませんよ。先輩が勝手に(だま)されただけです」


 ただ別れさせるだけではなく、ただ横取りするのではなく、私自身が松隆を好きになった結果として紘と別れる選択をさせたかっただけ。


「言ったでしょ、僕は結構健気ですって」


 爛々(らんらん)と輝く笑みに、ソファの上で握りしめている拳が震えた。恥ずかしさを隠すための拳が、いつの間にか怒りと苛立ちを(あら)わにしている。


「こうも言いましたよ。甘く見てもらっちゃ困りますよってね」


 言葉遊びのような、それは、嘘だ。まごうことなき嘘だ。


「お前……本当にいい加減に……」

「そうですね、いい加減に大宮先輩の愚痴も聞き飽きました。そろそろ僕と付き合いません?」


 いつかの夜のように、松隆の手が私の手に伸びてきた。今度は捕まるまいと引っ込めようとしたのに、易々(やすやす)と(つか)まれる。そのまま指が指の間に滑り込んできた。その感触と視覚的効果にゾワリと背筋が震え、慌てて平静を装う。


「いや、でも……、ほらその、松隆は、私に松隆を好きにさせたかったんでしょ。お生憎(あいにく)、私は、まだ……」

「だいぶ好きでしょ、僕のこと」

「…………まさか」


 私はまだ紘が好きで、松隆への明確な恋心はないと、そう思っているのは本心だった。
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