大丈夫、浮気じゃないから。
「ふぅん、別に、好きじゃないと」
「……そうですけど」
実をいえば、ほんの少し。ほんの少しだけ、松隆に揺れている自覚もあった。
一番意識したのは学祭かもしれない。髪に、手に、触れられた瞬間、否応なく心が引きつけられた。触れられたところに全神経が集中した。押し殺さなければならない、ひた隠しにしなければならない、そう自分に言い聞かせたくなるほど、心が揺れた自覚はあった。
でもあくまでそれは揺れ程度だし、紘のことが好きで別れられなかったのは事実だ。なにより、紘の行動に散々目くじらを立てておきながら、実は自分はコロッと手近な後輩を好きになりましたなんて、そんな背徳的な事実を認めるわけにはいかなかった。
「じゃ、なんで幼馴染の話を出したんです?」
「……忘年会で? いやだって松隆は幼馴染に片想いしてるもんだと思ってたから、そういう話題になれば幼馴染の話は出すでしょ」
「僕の好きな人が気になったからじゃなくて?」
ただ手が絡まっていただけだったのが、いつの間にか恋人繋ぎに変わる。手のひらを、親指がつうと撫でた。その二重のくすぐったさに体が震えた。
「違います! ただの文脈です、文脈!」
「ここ最近僕を避けてたのは? 意識してたからじゃなくて?」
「バイトが忙しかったの!」
「昨日キスされたのにのこのこやって来たのはイヤじゃなかったからじゃなくて?」
「やめなさい!」
よくもそんなセリフを恥ずかし気もなく口にできるものだ。真っ赤になった顔は隠しようもなく、辛うじて空いている手で額を押さえる。
松隆に心が揺れたのは事実で、それは認めざるを得なくて、だからこそ今日、松隆の部屋へ行くのに躊躇がなかったわけではなかった。下手をすれば、なし崩し的に好きだと認めてしまいそうな予感がしていた。そしてそうなってしまえば、それはまさしく、言い逃れのできない“浮気”だと思った。
だから、紘から貰ったばかりのバッグを選んだ。いざというとき、バッグを見て、自分が紘と別れたばかりだという事実を意識するために。
「いや……もう本当に冷静に考えて。昨日まで紘と付き合ってたのに、今日になって松隆を好きですなんて切り替えができるわけが……」
「女性は切り替えが早いというのが一般論ですが」