大丈夫、浮気じゃないから。
「いくら早いったって別れて12時間かそこらでしょ!」


 いいから手を放せ、と腕を引っ張ったけれど、手は離れなかった。男の力は強い。


「大体──大体、それっていうことはなに? 忘年会のキ……スは、紘と沙那がキスしたからじゃなくて……」

「ああ、下心です」

「真顔で何言ってんの!?」

「僕は勝率の低い賭けはしない主義なんですが。ここ最近の先輩の言動と、忘年会の例の幼馴染の話とでだいぶ勝ち目が見えてきたと思って。つい」

「ついじゃないでしょうよ!」

「大宮先輩と津川先輩がキスをしていたという言い訳も立ちましたし」

「言い訳とか言うな! それが私達の約束の本分でしょ!」


 ふむ、と松隆は空いているほうの手を顎に手を当てた。手持(てもち)無沙汰(ぶさた)だかなんだか知らないけれど、そのまま私と繋いでいるほうの手の指を軽く動かす。そうやって指先に手の甲が()でられるたび、妙な羞恥(しゅうち)(しん)が沸き上がった。


「まあ、あれこれ言いましたが、あれだけ大宮先輩を好きだった生葉先輩がそんなに簡単に落ちてくるとは思っていませんし、完全に落ちたとも思ってません。その意味では僕の思惑は半分|奏功(そうこう)しませんでしたね」


 ほらみろ──と言いたかったけれど、色々ツッコミどころがあったので黙った。


「なので引き続き続行しますかね」

「……いやいいよ、もう私は紘と別れたんだから」

「それは先輩側の事情で、僕には関係のないことです」


 いけしゃあしゃあと言ってのける、その綺麗な顔面を殴りたくなった。この後輩……!

「協力するって言ったくせに実は自分のためだったとか!」

「だから言ったでしょ、これが僕の優しさだと思いますかって。大体、下心を疑わないほうがどうかしてる」

「お前ッ……!」

「安心してください、近くにいるからって襲ったりしませんから」


 そういう問題じゃない──と噛みつこうとした矢先、掴まれていた手が力強く引っ張られた。驚いて声を上げる余裕もなく、気付けば倒れ込むようにして松隆の体の上に乗っていた。

 顔が赤面するのと体を持ち上げるのと、どちらが早かったか。バッと両手をソファについて起き上がるけれど、まるで私が組み敷くかのような体勢になった有様で、片手に後頭部を抱き寄せられた。

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