大丈夫、浮気じゃないから。
 昨日と同じ一点の、ゼロ距離。

 思わず息を止めてしまっていたことに気付き、唇が離れると同時に、ハッと息を吐き出した。そのキスには、まるで心臓を鷲掴(わしづか)みにされたかのような苦しさがあった。見下ろす先の松隆は、何も悪いことなどしていないかのような顔つきで。


「……襲わないって言ったじゃん!」

「“襲う”の定義にキスを含むと言いましたか?」

詭弁(きべん)だろ!!」

「まあまあ、先輩、落ち着いて」


 逃げるように起き上がれば腰に手が回った。顔を背けようとすれば頬に手を添えられた。あまりにもひんやりと冷たいその手に、自分の顔がゆでだこのように熱いのだと知った。


「大宮先輩と別れたいま、生葉先輩が僕と何をしても、道理も倫理も(とが)めませんよ?」


 手から逃れられないのは、物理的な力関係のせいじゃないと理解していた。今から何をされるか分かっていても「やめてよ」のたった四文字すら口にすることができなかった。

 このままキスを受け入れたら、それは、松隆に浮気していたことと同義なのに。

 そんな私の内心を見透かしたように、松隆は口角を吊り上げる。顔が近づき、目が伏せられる直前、その理知的な瞳が、昨晩と同じように恋情に揺れた。


「大丈夫、浮気じゃないから」

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