大丈夫、浮気じゃないから。
 文句を言いながらも、一人でいるのは退屈していたのか、松隆は「まあお茶くらい出します」と部屋に招き入れてくれる。


「ん、お邪魔します」

「え、先輩、一応松隆は病人ですよ。お茶とかいってないで」来る途中で買ったスーパーの袋を掲げて「これあげて帰りましょうよ」

「でもほら、松隆、元気そうだし」

「まあ……。松隆がいいっていうならお邪魔しますけど」

「本当にこの先輩達は……」


 松隆の部屋に来るのは夏にたこぱをして以来、2回目だ。松隆の部屋を選んだ理由はしごく単純、私と烏間先輩の部屋よりも松隆の部屋が広かったから (なんなら1Kの人が多いので、1DKの松隆の部屋は誰よりも広いと思う)。後日、松隆は「シーツからたこ焼きの臭いするようになったのでたこぱは二度としません」と苦言(くげん)(てい)した。烏間先輩は「おいしい匂いに包まれて寝れるからいいじゃん」と取り合わなかったけど。

 それはさておき、松隆の部屋の様子は夏と変わっていない。ベッドにこたつ机 (ただしこたつ布団はまだない)、ソファと本棚代わりのカラーボックスがあるだけで、テレビはなく、代わりにノートパソコンが部屋の隅に置いてある。「テレビは見ないしパソコンで事足りる」という理由らしいけれど、そのくせダイニングキッチンには2人がけの食事テーブルがあって、それは「床に座って食事はなんとなくイヤ」と、必要最小限の家具だけを揃えたわけでもないらしい。家具は焦げ茶色で統一されていて、ソファだけが深緑で差し色になっている、そんなナチュラルな空間であるはずなのに、ナチュラル色特有の暖かさみたいなものがなく、全体的に殺風景だ。松隆の人当りの良さしか知らないと意外だけれど、興味のないものにはとことん興味のない性格を知っていると松隆らしい。


「お茶というか、紅茶淹れるんで。適当にソファにでもどうぞ」

「お前って生意気だけどちゃんと接待はできるよな」

「え、っていうか紅茶くらい淹れるよ。松隆、病み上がりなんだから座ってな」

「いいですよ、先輩方も一応お客さんですし」


 悠々とソファに座り込む烏間先輩を残してダイニングキッチンへ行けば、松隆は冷蔵庫から紅茶の葉が入った黒い缶を取り出していた。レトルトの紅茶パックではなくて茶葉、しかもマリアージュフレールときた。


< 20 / 153 >

この作品をシェア

pagetop