大丈夫、浮気じゃないから。
 急に饒舌(じょうぜつ)になった松隆は「あ、月末にあるんですね」と金ローのスケジュールを確認し、お湯が沸いた音でキッチンに引っ込んだ。紅茶の淹れ方なんて知らないので松隆に任せよう、と私はそのまま『恋を定義するなら、君のいない夏』を手に取る。背表紙のあらすじをざっと読めば、タイトルのとおり恋愛ものだった。松隆がそんなジャンルを読むなんて意外だ。……なんだか、さっきから松隆の意外な一面ばかり見ている気がする。


「愛とか恋の話が多いんです?」

「いや、そんなことないよ。それこそ『Everlasting ever words』はSFで、恋愛要素はないし。『目蓋の裏に』は短編集だっけな」

「なるほど」キッチンを振り向きながら「ねー、松隆、この『Good bye my...』借りていい?」

「いいですよ」お湯をポットに注ぎながら「原作のほうがいいんで、金ローを見る前にぜひ」


 忘れないうちにとカバンに文庫本を突っ込み、キッチンに戻って松隆を手伝う。さすが高級品、マグカップに注ぐにはもったいない香りが漂ってきた。


「人生で飲んだ中で一番高級かも」

「それはよかったです。でも未開封のときより香りが落ちちゃってるんで、そこは申し訳ないですね」

「大丈夫、どうせ分からないから」

「そんなこと言ってると先輩にはあげませんよ」


 そんな話をしながらマグカップとポットを持ってリビングに戻ると、ソファに座り直した烏間先輩が笑っていた。


「なんですか?」

「いや、お前らカップルみたいな会話してるなと思って」

「そうですか?」

「そりゃ、大宮が怒るわけだよな」

「先輩!」

「大宮先輩が?」


 その話はまだ松隆にはしていない! 慌てて烏間先輩を止めたけれど、時すでに遅し、大宮先輩は紅茶の注がれたマグカップを手に取りながら「え、松隆は知らない……?」とばつの悪そうな顔をした。ソファに座りながら私は額を押さえる。不幸中の幸いなのは、松隆が「ああ、いつものことね……」とでも言いたげな顔をしていることだ。


「ごめん、空木のことだから松隆本人にも話してるものだと」

「さすがに話しませんよ!」

「僕と仲が良すぎだとでも言われたんですか?」ぴたりと言い当てながら「よかったじゃないですか、大宮先輩に嫉妬されてますよ」なんて飄々(ひょうひょう)としている。


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