大丈夫、浮気じゃないから。
 でも松隆の表情はそのどれとも違っている。その笑みに含意されたものの正体を明確に形容することはできなかったけれど、説明するとすれば、何かを試そうとしているように見えた。


「浮気はしないでおきましょう。浮気と判断されない程度に、僕と仲良く(・・・)やりましょう」


 仲良く──そう言いながら、不意に指の隙間にひんやりと冷たい何かが滑り込んできた。私の指を絡めとったのが松隆の指だと気づいた瞬間に手を引っ込めようとしたけれど、松隆の手がそれを許してくれなかった。


「なに……言って、というか、なにをして……」

「生葉先輩が大宮先輩に何も言えないのは、大宮先輩を責めていいのかが分からないからでしょう?」


 私がどんなにイヤだと感じても、紘が浮気じゃないと言い張れば、私は紘に何も言えない。だって浮気じゃないんだから。私が「イヤだ」というだけでは、それは我儘だから。


「だったら、大宮先輩と富野先輩がしてるのと同じことを僕としてみましょう。それで大宮先輩が怒るなら、生葉先輩だって、大宮先輩を怒っていい」


 でも、例えば、私が松隆と2人で飲みに行くことを、紘が怒るのなら。私が松隆と2人で出かけることを、紘がやめろというのなら。それなら、私だって、紘が茉莉と2人で飲みに行くことを、一緒に出掛けることを、責めていい。それは我儘じゃない。紘が私に許さないことを、私が紘に許さなければならない道理はない。


「ね、先輩。名案でしょ?」


 でも、それは──。心の中にある奇妙な(わだかま)りを言語化できずにいる私に、松隆は、狙いすましたように畳みかける。


「大丈夫、浮気じゃないから」


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