大丈夫、浮気じゃないから。
 “2人だけで飲みに行ってる”とは絶妙に言い難いシチュエーションに、みどりは顔をしかめた。


「でもバイトでそうやって呼ぶ相手が彼女じゃなくて別の女子っていうのがイヤやわ……」

「だよね……でもほら、私は下戸(げこ)だから……バーに誘われても飲めないし……」

「そういう言い訳が立つのが、もっとイヤやなあ。なんか、微妙に責めにくいことされてる気がする。……あ、ごめんな、大宮くんの悪口ってわけじゃないんやけど」

「ううん、全然。むしろ共感してくれる人いないからそのくらい言ってもらったほうが」


 松隆はこの手の共感はあんまりしないタイプだしな、やっぱり男女差ってあるのかな──なんて思ったけど口には出さなかった。


「大宮くんに言ってみたん? 茉莉ちゃんと2人で飲むのはちょっと、みたいな」

「……茉莉に関しては言ったことないんだけど……、実は、沙那と2人で飲みに行くのはちょっと、みたいなことを言ったことが……」

「あー……分かる、沙那、モテるから心配よな」


 沙那を“モテる”と評したのは、やはりみどりの心の美しさゆえな気がした。正直なところ、本当に正直なところ、沙那の隣に彼氏がいたら、大抵の彼女にとっては気が気でない (いつ奪われるか分かったものではない)と思う。


「大宮くん、そしたらなんて?」

「……恋愛対象じゃないから安心していいって」

「そういうことじゃないんよなぁ!」


 本当にそうなんだよ、そのとおりなんだよ。


「実は武田にも同じこと言われてさあ」

「沙那は恋愛対象じゃないって?」

「うん。女子と2人で飲みに行くのってどうなのって話をしてたときに『たとえば津川が相手だったら気にしないでしょ』って言われて……」

「それは武田くんが何も分かってないわ。沙那でも気になるやんな」

「みどりぃ……」


 共感の女神かよ。顔を両手で覆いながら、何度も首を縦に振った。


「先輩、なにしてるんですか」


 笑い混じりで、聞き間違えようのない声に、素早く顔を上げた。みどりと私が揃って視線を上げた先には、松隆と山科(やましな)がいた。山科は「ちわっす」と、いつも通りの屈託(くったく)のない笑みを浮かべていたけれど、松隆の笑みはどう見ても私を鼻で笑っていた。


「こら、松隆、山科を見習って挨拶しなさい」

< 38 / 153 >

この作品をシェア

pagetop